
信貴畑勧請(かんじょう)の地



平群町の信貴畑には、地蔵堂が有る。
信貴山朝護孫子寺の「奥の院」から割合に近い。
舟形十三仏板碑 天文二十一年(一五五二)と舟形如来座像 紀年なし (室町前半期頃)が並んで立っている。
地元に密着したこの地蔵堂は信貴畑の入り口と書かれている。
今でもこの地の方々の信仰はあついようで、わたしが訪れた夕刻の五時半頃、ひとりの女性はしゃがみ込んで手を合わせ、お念仏を唱えられていた。

左
舟形如来座像

右
数えると舟形の中には十三体の仏像。


勧請縄(かんじょうなわ)かんじょう‐なわ[クヮンジャウなは]【勧請縄】-日本国語大辞典
〔名〕奈良県の村々で、正月一四日に太い注連縄(しめなわ)のようなものを作り、翌日村の入り口の道に張るもの。
邪悪なものを村内に入れないための呪術。道切り縄。*諸国風俗問状答〔19C前〕大和国高取領風俗問状答

奈良に住んでいると、勧請縄を見る機会に恵まれることが多い。
勧請縄は京都市内に生まれ育ったわたくしには、たいへん珍しく、初めて見た時には感動を覚えた。
以前から故のブログでも道切りとして何度も記録している。
勧請縄の「境界」といった意味合いは、わたくしにとってはたいへんに興味深い。

ここは信貴畑でかなり山の上だが、そこから一層小高くなった場所に建てられた地蔵堂。
村はかなり下の方。
上の写真(小二枚)から見て、公道と小高くなった境目に貼られた道切り的な勧請縄の意味合いを考えると、ここが神域であることは一目瞭然だろう。

地蔵堂階段あがってすぐの入り口と勧請縄の間には井戸。
この造りは厄よけとしても興味深い。神聖な地だと痛感した。

上写真は 平群町の信貴畑勧請(かんじょう)の地や奥の院、又 別方向の信貴山朝護孫子寺から随分と下ると、この景色。
平群町の信貴畑勧請(かんじょう)の地は随分寂しい、山の上にあることがわかる。
夕刻、車通りの少ない信貴畑辺を 独りミニバイクで走るのは、心細いものだ。
人里に辿り着いた時には、胸をなで下ろした。
最後までおつきあい下さいまして、ありがとうございました。
みなさまには心より感謝しています。
2011年2月27日
奈良県 平群町 信貴畑勧請(かんじょう)の地にて