乱鳥の書きなぐり はてなブログ

gooブログ:「乱鳥の書きなぐり」より引っ越してきました。

 『西遊記』について  (早稲田大学デジタルライブラリィ Wikipedia など)    Bach

 


www.youtube.com

Bach

 

 『西遊記』について  (早稲田大学デジタルライブラリィ Wikipedia など)

 

『西遊記』関係の映画を何本か見ているが、面白いので安直にWikipediaで調べてみることにした。

 あいにく私は、少年少女文学全集の二か月に一度発行される本と絵本と映画(ドラマ)でしか『西遊記』を知らない。

 なので一番知られている基本的な、天竺へ向かう大まかな『西遊記』しか知らなかった、、、

 ところが映画を見ていると、色々な話がある事に、いまさらながらに気づいた。

 この歳になり知ったのは若干遅い気がするが、中国の古典である『西遊記』はかなり面白そうである。

 

 私は今現在は、アマゾンプライムで見ているが、調べてみれば、ユーチューブには多くの『西遊記』関係の映画が、おそらくfull(違っている可能性あり)であげられている。

 ユーチューブにあげられている動画を見ていいのか悪いのかは、私は知らないので悪しからずご了承ください。

 

『西遊記』だが、こんなに面白いのなら、もっと若い頃に、通して読んでおけばよかったと悔やまれる。

 世の中には面白い話は多い。

 

 日本でも江戸時代に、和本で多くの種類の『西遊記』出版されている。

 古典籍総合データベース

 

 絵本西遊記. 初,2-4編 / 口木山人 訳 ; 大原東野 画 ehon saiyūki

archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/he21/he21_02500/he21_02500_0001/he21_02500_0001.html

 早稲田大学デジタルライブラリィ

 

 道外西遊記 / 了古 画 dōke saiyūki

chi05_03981_0009_p0001.jpg (2592×1728)

  早稲田大学デジタルライブラリィ

 

 風俗女西遊記. 前,後篇 / 南仙笑楚満人 作 ; 歌川国安 画 fūzoku on'na saiyūki

archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/he13/he13_02378/he13_02378_0260/he13_02378_0260.html

   早稲田大学デジタルライブラリィ

 

 

Wikipedia

 

Wikipedia

 

西遊記 - Wikipedia  ▼

内容

大鬧天宮 (だいどうてんぐう)

東勝神州とうしょうしんしゅう傲来国ごうらいこく花果山かかざんの仙石から天地の霊気をまとった石猿が誕生する。猿はとてつもない度胸の持ち主で、山奥の滝壺にて洞天福地水簾洞すいれんどうを発見した功により、花果山の周辺の猿を従えて王となり、美猴王と名乗る。ある時、美猴王はこの世の森羅万象について考えていくうち、生きとし生ける物の生死に悲観し、不老不死を願うようになり、西牛賀州霊台方寸山まで仙術を身につけに行く。師匠須菩提祖師から孫悟空という法名を授かり、七十二般の術と觔斗雲の術を身につけるがまだ満たされず、とうとう四海竜王の竜宮ひいては天界にまで殴り込みに行き、天界を統べる玉帝より弼馬温ひつばおんの位を授かる。当初悟空は弼馬温の実態も知らず喜んでいたが、後に弼馬温が只の馬飼いと知るや否やたちまち激怒し、自ら斉天大聖と名乗り、哪太子や顕聖二郎真君相手に天界で大暴れする。西王母の蟠桃を食らい、太上老君の金丹を平らげ、罰として八卦炉に49日間入れられるも、悟空は「銅筋鐵骨 火眼金睛」の不死身の体となって生きのび飛び出した。ついには釈迦如来と「俺は地の果てまでも飛んでいってみせる」と賭けをする。地の果てらしき場所に立っていた5本の柱に到達したしるしとして悟空は一筆書き、柱に小便を引っかけて得意となって戻ってくるものの、実は釈迦の両手のなかをぐるりと周回しただけであった。釈迦が示した手に自分の署名を見て呆然とした悟空はその場を逃げようとしたものの、あっという間に五行山の下敷きにされてしまった。

三蔵が取経に出るまで

悟空が五行山の下敷きにされてから五百年の時が流れた。時は唐代の太宗の御世であった。太宗は一時病のために死んで地獄を巡ったが、冥土の高官たちの目こぼしにより再び現世によみがえった。やがて太宗が閻魔の言い付け通りに水陸大会を催し、その時後に取経の僧に選ばれる玄奘を見出す。所変わって天界では観世音菩薩が弟子の恵岸とともに下界へ降り立ち、悟空を含む諸々の罪人達にある取り引きをした。天界にて罪を犯していたのは悟空だけではなかった。その罪人たちとは、天の川の水軍を統べる天蓬元帥であったが月の女神嫦娥をたぶらかしたために天界を追われ、妖仙と化して深山にて暴れていた猪八戒、天界の軍人であった捲簾大将が天界の宝である玻璃の器を壊して天界を追われ流沙河にて人を食らう妖仙となった沙悟浄、そして父竜王の竜宮で宝珠を焼き死罪を言い渡されその間中空に逆さ吊りにされて苦しんでいた西海竜王敖閏の子の玉龍である。観音はめいめいにいつか現れる取経の僧とともに天竺へ参り、贖罪を果たすことを約束させる。功によっては彼らを仏にしてもいいということを条件として。その取経の僧こそが、あらゆる経典を学び、人徳に優れ、多くの人々から聖僧と敬われていた玄奘三蔵であった。彼もまたかつて釈迦の二番弟子(金蝉子)であったのにもかかわらず、釈迦の説法を侮ったために罰として下界に転生させられていた。やがて貞観13年9月3日(639年)、三蔵は太宗と菩薩の命で天竺へ行くことを決意し、菩薩から教えられた、自分に従うことになる弟子たちを探して旅立ったのだった。最初に三蔵は五行山で悟空を助け出し、続いて鷹愁澗で玉龍を導き、さらに高老荘で八戒を、最後に流沙河で悟浄を弟子にした。

旅の途中での妖仙との戦い

贖罪の旅をする三蔵一行は天界が用意した八十一の難と対峙する。三蔵の袈裟けさが黒熊怪に奪われる、三蔵が黄風大王にさらわれる、太上老君(老子)の炉の番人の金角・銀角大王と戦う、牛魔王の子の紅孩児と争う、観世音菩薩が飼っていた金魚が逃げ出した霊感大王と戦う、太上老君の乗用牛の獨角兕大王と戦う、西梁女人国という女だらけの国で心ならずも三蔵と八戒が子を孕む(後に堕胎した)、三蔵が釈迦如来を刺したサソリの精に誘惑される、火焔山で悟空が紅孩児の母の羅刹女に芭蕉扇で吹き飛ばされる、その夫にして紅孩児の父の牛魔王と対決する、朱紫国で観世音菩薩の乗用金毛毛孔の賽太歳大王と戦う、獅駝嶺で文殊菩薩の乗用去勢獅子の一大王・普賢菩薩乗用黄牙白の二大王・大鵬金翅鵰の三大王と戦う、小子城で寿星(南極星)の乗用の鹿である比丘国国丈と対決する、鎮海寺で哪吒太子なたたいしを兄と慕う地湧夫人(正体はネズミ)と戦う…など、あまたの苦難が一行を待っていた。

西天取経

旅の終盤、とうとう天竺にたどり着いた一行。底のない渡し舟で川を渡る。そのとき、上流から三蔵の抜け殻である死体が流れてきて、三蔵は凡体を脱することができたと喜ぶ。その後釈迦と謁見、経典を授かるもそれは無字の経典だった。新たに字のある経典を授かるが、旅の日数と経典の数が八つ合わないため、一行は雲に乗せられて8日間のうちに東土から西天へ帰ってくるように命じられる。観世音菩薩が三蔵の災難簿を見るとあと一難足りないとある。そこで雲から落とされる一行。通天河に落ちた後、経典を乾かすが紙が岩にくっつき、1字はがれてしまう。長安に戻って太宗皇帝と謁見する一行。経典を渡し、雁塔寺に納めると八大金剛が現れて一行を連れ去っていった。その後西天にて釈迦に称賛の言葉をかけられ、ついに五人は罪を許され、三蔵は旃檀功徳仏せんだんくどくぶつ、悟空は闘戦勝仏とうせんしょうぶつ、八戒は浄壇使者じょうだんししゃ、悟浄は金身羅漢こんしんらかん、玉龍は八部天竜はちぶてんりゅうとなる。悟空の頭からはいつの間にか緊箍の輪が消えていた。

 

西遊記 - Wikipedia  ▼

回目

以下は世徳堂本の百回。

第一回 霊根育孕源流出 心性修持大道生
石から生まれた猿が長寿を求め、須菩提祖師から孫悟空の名をもらう。
第二回 悟徹菩提真妙理 断魔帰本合元神
悟空は変身の術や觔斗雲に乗る術を得た。
第三回 四海千山皆拱伏 九幽十類盡除名
悟空は竜王から如意棒をもらった。
第四回 官封弼馬心何足 名注斉天意未寧
悟空は斉天大聖と名乗り、玉帝からも承認された。
第五回 乱蟠桃大聖偸丹 反天宮諸神捉怪
悟空は兜率天に迷いこみ、その金丹をみな食べてしまい、征伐軍が下る。
第六回 観音赴会問原因 小聖施威降大聖
二郎真君が悟空をとらえる。
第七回 八卦炉中逃大聖 五行山下定心猿
釈迦如来が悟空を五行山に閉じこめる。
第八回 我仏造経伝極楽 観音奉旨上長安
釈迦如来は唐の誰かに三蔵(経・律・論)を取りにこさせようと話す。
第九回 袁守誠妙算無私曲 老龍王拙計犯天条
水晶宮の竜王は雨がふる時間を変える罪を犯した。
※『西遊真詮』などの清刊本ではこの第九回は第十回の中にくりこまれた。
第十回 二将軍宮門鎮鬼 唐太宗地府還魂
唐の太宗は竜王を斬ったのろいで死んだ。
第十一回 還受生唐王遵善果 度孤魂蕭禹正空門
地獄の閻魔帳に20年寿命を足されて太宗は復活。
第十二回 玄奘秉誠建大会 観音顕象化金蝉
天竺から経を取ってくる命令を、玄奘は太宗から受けた。以後玄奘を三蔵と呼ぶ。
第十三回 陥虎穴金星解厄 双叉嶺伯欽留僧
三蔵は虎の精の妖怪に食われそうになったが、太白星老人に助けられる。
第十四回 心猿帰正 六賊無踪
五行山の悟空が三蔵の弟子になる。ただし頭に金環をはめられる。
第十五回 蛇盤山諸神暗祐 鷹愁澗意馬収韁
蛇盤山の谷川の玉龍が三蔵の馬を食った。観音菩薩は玉竜を代わりの馬に変える。
第十六回 観音院僧謀宝貝 黒風山怪竊袈裟
三蔵の袈裟がみごとなので、黒風怪に盗まれた。
第十七回 孫行者大鬧黒風山 観世音收伏熊羆怪
悟空は観音菩薩と協力し、黒風怪から袈裟を取り戻した。
第十八回 観音院唐僧脱難 高老荘行者降魔
烏斯蔵国に来た。高老荘で嫁入り前の娘にとりつく化け物を退治に行く。
第十九回 雲棧洞悟空收八戒 浮屠山玄奘受心経
口と耳がでかい豚の化け物は三蔵の弟子になる。名を猪八戒とした。
第二十回 黄風嶺唐僧有難 半山中八戒争先
悟空と八戒が虎の妖怪と戦ってる間に、三蔵が黄風大王にさらわれた。
第二十一回 護法設荘留大聖 須弥霊吉定風魔
霊吉菩薩に助けてもらい、三蔵を黄風大王から救い出した。貂(てん)の化け物だった。
第二十二回 八戒大戦流沙河 木叉奉法收悟浄
流沙河に八戒と対等に戦う妖怪がいた。名は沙悟浄。彼も三蔵の弟子になった。
第二十三回 三蔵不忘本 四聖試禅心
三人娘をもつ一家の家に泊まり、入り婿を勧められた。これは菩薩の試験だった。
第二十四回 万寿山大仙留故友 五荘観行者竊人参
五荘観で弟子3人は寿命が伸びる人参果を盗み食いする。
第二十五回 鎮元仙趕捉取経僧 孫行者大鬧五荘観
それがばれた。悟空ははらいせに人参果の木を根こそぎ倒した。
第二十六回 孫悟空三島求方 観世音甘泉活樹
観音菩薩の助けで、悟空は倒した人参果の木をよみがえらせた。
第二十七回 屍魔三戯唐三蔵 聖僧恨逐美猴王
死体にとりつく妖精白骨夫人を殺したが、人殺しと誤解されて悟空は破門された。
第二十八回 花果山群妖聚義 黒松林三蔵逢魔
八戒と悟浄が食宿を探す間に、三蔵が黄袍怪にさらわれた。
第二十九回 脱難江流来国土 承恩八戒転山林
黄袍怪の妻が三蔵をなぐさめる。彼女は宝象国の王女で、さらわれたのだった。
第三十回 邪魔侵正法 意馬憶心猿
三蔵が虎に変えられた。三蔵を助けるよう、八戒が悟空に頼みにいく。
第三十一回 猪八戒義激猴王 孫行者智降妖怪
黄袍怪の正体は二十八宿の星官だった。悟空の活躍で天に戻り、三蔵も人に戻った。
第三十二回 平頂山功曹伝信 蓮花洞木母逢災
蓮花洞の金角・銀角に八戒がつかまった。
第三十三回 外道迷真性 元神助本心
悟空は銀角に山の下敷きにされた。土地神が助けた。
第三十四回 魔王巧算困心猿 大聖騰那騙宝貝
金角・銀角は人をすいこむ瓢箪を持つ。悟空も吸い込まれた。
第三十五回 外道施威欺正性 心猿獲宝伏邪魔
悟空は逆に金角・銀角を瓢箪に吸い込んで退治した。二人は太上老君の弟子だった。
第三十六回 心猿正処諸縁伏 劈破旁門見月明
宝林寺に宿を三蔵がたのんだが泊めてくれず、悟空が脅して泊めさせた。
第三十七回 鬼王夜謁唐三蔵 悟空神化引嬰児
鳥鶏国王が三蔵の夢枕に立つ。国が道士にのっとられたと。
第三十八回 嬰児問母知邪正 金木参玄見仮真
鳥鶏国王の遺体を八戒が井戸から引き出した。
第三十九回 一粒金丹天上得 三年故主世間生
太上老君から還魂丹をもらい、鳥鶏国王を生きかえらせた。
第四十回 嬰児戯化禅心乱 猿馬刀帰木母空
つむじ風に三蔵がさらわれた。
第四十一回 心猿遭火敗 木母被魔擒
相手は牛魔王の子紅孩児。その火に悟空は焼死しかけた。
第四十二回 大聖殷勤拝南海 観音慈善縛紅孩
観音菩薩が紅孩児をとらえ、善財童子とした。
第四十三回 黒河妖孽擒僧去 西洋龍子捉鼉回
黒水河を船で渡ろうとして沈められた。西海竜王のおい摩昴太子の仕業だった。
第四十四回 法身元運逢車力 心正妖邪度脊関
車遅国に来た。道教の道士が国の実権をにぎっていた。
第四十五回 三清観大聖留名 車遅国猴王顕法
車遅国で悟空が雨乞いに成功してみせる。
第四十六回 外道弄強欺正法 心猿聖顕滅諸邪
悟空と道士は首切り術など道術比べをする。道士は虎の精だった。
第四十七回 聖僧夜阻通天水 金木垂慈救小童
車遅国の陳家荘では霊感大王へのいけにえがいる。身代わりを引き受ける。
第四十八回 魔弄寒風飄大雪 僧思拝仏履層氷
霊感大王は通天河を凍らせ、一行を歩いて渡らせ、途中で氷を割ってつかまえる。
第四十九回 三蔵有災沈水宅 観音救難現魚籃
魚藍観音が霊感大王をつかまえてくれた。一行は亀に乗り通天河を渡る。
第五十回 情乱性从因愛欲 神昏心動遇魔頭
楼閣に入ると獨角兕大王につかまった。悟空の如意棒もとられた。
第五十一回 心猿空用千般計 水火無功難煉魔
悟空は火や水で攻めるが、獨角兕大王の武器をすいつける輪(金剛琢)に苦戦。
第五十二回 悟空大鬧金(山兜)洞 如来暗示主人公
太上老君が助け、獨角兕大王は正体をあらわした。老君の乗る牛だった。
第五十三回 禅主呑餐懐鬼孕 黄婆運水解邪胎
三蔵は子母河の水を飲み懐妊。牛魔王の弟が占拠する落胎泉の水を飲んでなおった。
第五十四回 法性西来逢女国 心猿定計脱煙花
西梁女国に来た。その女王が三蔵を婿に迎えようとする。
第五十五回 色邪淫戯唐三蔵 性正修持不壊身
三蔵が女にさらわれた。その正体はさそりの化け物。昴日星官の助けで倒した。
第五十六回 神狂誅草寇 道昧放心猿
追いはぎを悟空が殺した。三蔵はまた悟空を破門する。
第五十七回 真行者落伽山訴苦 仮猴王水簾洞謄文
悟空が三蔵をなぐりたおした。悟浄は南海菩薩に相談。悟空はなんと2人いた。
第五十八回 二心撹乱大乾坤 一体難修真寂滅
如来がにせ悟空の正体を見抜いた。菩薩が仲介し悟空は一行に戻る。
第五十九回 唐三蔵路阻火炎山 孫行者一調芭蕉扇
火焔山の火を消して越えるには芭蕉扇が必要。持ち主は牛魔王の妻羅刹女
第六十回 牛魔王罷戦赴華筵 孫行者二調芭蕉扇
悟空は牛魔王に化けて羅刹女から芭蕉扇を手に入れた。
第六十一回 猪八戒助力敗魔王 孫行者三調芭蕉扇
牛魔王に芭蕉扇をまたとられた。哪吒太子が助けて扇を再入手し、火を消した。
第六十二回 滌垢洗心惟掃塔 縛魔帰正乃修身
祭賽国に来た。塔にのぼる。何者かがこの国の宝を盗んだという。
第六十三回 二僧蕩怪鬧龍宮 群聖除邪獲宝貝
盗んだのは万聖竜王の婿、九頭虫だった。悟空と八戒で宝を取り返した。
第六十四回 荊棘嶺悟能努力 木仙庵三蔵談詩
三蔵は木仙庵で4人の老人たちと詩を談じた。老人たちは木の精だった。
第六十五回 妖邪仮設小雷音 四衆皆遭大厄難
黄眉大王が小雷音寺でにせ如来に化け、一行をたぶらかす。
第六十六回 諸神遭毒手 弥勒縛妖魔
弥勒菩薩が黄眉大王をつかまえた。
第六十七回 拯救駝羅禅性穩 脱離穢汚道心清
牛馬を食べる妖怪を悟空と八戒で退治。正体はうわばみだった。
第六十八回 朱紫国唐僧論前世 孫行者施為三折肱
朱紫国に来た。国王にもてなされた。悟空は医者のまねをし、国王の病気を診察。
第六十九回 心主夜間修薬物 君王筵上論妖邪
悟空は薬を作り国王の病をなおした。皇后をさらった妖怪がいるという。
第七十回 妖魔宝放煙沙火 悟空計盗紫金鈴
妖怪賽太歳の武器は、火煙砂を巻き起こす鈴。
第七十一回 行者仮名降怪犼 観音現象伏妖王
悟空は鈴を盗んで賽太歳に勝つ。賽太歳は観音菩薩が乗る狼だった。
第七十二回 盤絲洞七情迷本 濯垢泉八戒忘形
三蔵は盤糸洞で7人の美女につかまった。美女たちは蜘蛛の精だった。
第七十三回 情因旧恨生災毒 心主遭魔幸破光
一行は黄花観で毒茶を飲んだが、毘藍婆の薬でなおった。犯人はむかでの精だった。
第七十四回 長庚伝報魔頭狠 行者施為変化能
獅駝山に三蔵をねらう三人の大王がいる。
第七十五回 心猿鑚透陰陽竅 魔王還帰大道真
悟空は三番目の大王の瓶に入れられたが脱出。
第七十六回 心神居舍魔帰性 木母同降怪体真
三人の大王は降参したふりをして三蔵をとらえる。
第七十七回 群魔欺本性 一体拝真如
如来が三人の大王を退治した。青獅子と白象と大鵬だった。
第七十八回 比丘怜子遣陰神 金殿認魔談道徳
比丘国に来た。国王に娘を献じた道士が国丈(国王の岳父)と呼ばれている。
第七十九回 尋洞擒妖逢老寿 当朝正主救嬰児
比丘国の国丈は南極寿星の乗り物の白鹿だった。
第八十回 姹女育陽求配偶 心猿護主識妖邪
美女が縛られていた。悟空は妖怪だと言うが、三蔵は一行に加える。
第八十一回 鎮海寺心猿知怪 黒松林三衆尋師
三蔵がさらわれた。あの女がさらったんだと悟空。
第八十二回 姹女求陽 元神護道
妖怪地湧夫人は三蔵を夫にしようとする。悟空は地湧夫人の腹の中に入る。
第八十三回 心猿識得丹頭 姹女還帰本性
地湧夫人は李天王の娘だった。悟空は李天王にその身をあずけた。
第八十四回 難滅伽持円大覚 法王成正体天然
滅法国に来た。一行は長持の中で寝ていたら盗賊にさらわれた。
第八十五回 心猿妒木母 魔主計呑禅
一行は長持から出て国王と対面。三蔵は今度は南山大王にさらわれた。
第八十六回 木母助威征怪物 金公施法滅妖邪
妖怪たちを眠らせて三蔵を救出。八戒が南山大王を打ち殺した。
第八十七回 鳳仙郡冒天止雨 孫大聖勧善施霖
天竺の辺境に来た。日でりに困っていた。悟空は玉帝の怒りを解いて雨を降らせた。
第八十八回 禅到玉華施法会 心猿木母授門人
玉華州の三王子が一行に武芸を習う。
第八十九回 黄獅精虚設釘鈀宴 金木土計鬧豹頭山
一行の武器が盗まれたが取り返した。犯人は九霊元聖の孫。
第九十回 師獅授受同帰一 盗道纏禅静九霊
九霊元聖は太乙救苦天尊から逃げ出した獅子だった。太乙救苦天尊に返した。
第九十一回 金平府元夜観灯 玄英洞唐僧供状
金平府で仏に化けた妖怪に三蔵がさらわれた。妖怪は犀の精。
第九十二回 三僧大戦青龍山 四星挟捉犀牛怪
四木禽星の助けで3匹の犀の精と戦って殺した。
第九十三回 給孤園問古談因 天竺国朝王遇偶
天竺の都に到着。三蔵は公主(王女)から婿になるよう命じられる。
第九十四回 四僧宴楽御花園 一怪空懐情欲喜
結婚の祝儀。ただし3弟子は都の外に出される。
第九十五回 仮合真形擒玉兎 真陰帰正会霊元
公主は太陰星君に仕える玉兎だった。本物の公主は布金寺に隠れていた。
第九十六回 寇員外喜待高僧 唐長老不貪富貴
一万人の僧をもてなす願をかけた寇員外が、一行をもてなす。
第九十七回 金酬外護遭魔蟄 聖顕幽魂救本原
寇家を盗賊が襲った。一行が盗賊と間違われた。
第九十八回 猿熟馬馴方脱殻 功成行満見真如
凌雲渡を渡り、霊山に登り、釈迦如来と対面。経をもらった。
第九十九回 九九数完魔滅盡 三三行満道帰根
帰りに八大金剛の雲から落ちたのが81難目。一行は通天河の東、陳家荘に泊まる。
第一百回 径回東土 五聖成真
八大金剛の雲で長安に帰った。太宗に面会。5人は天竺の如来の元へ戻り、成仏。
付録 陳光蕋赴任逢災 江流僧復讐報本
『西遊真詮』などの清刊本では、この玄奘の出生物語が第9回とされている。

西遊記 - Wikipedia  ▼

日本語訳

小野忍訳(第1〜3巻)、中野美代子訳(第4〜10巻)
1980年に小野が急逝し一旦休止、中野が引き継ぎ1986年より再開、長年かけ刊行。
  • 『西遊記』全10巻、中野美代子訳(岩波文庫、2005年)
第1〜3巻は新訳、第4〜10巻は改訂版。ISBN 978-4002011165(10冊組)
現代教養文庫(上中下) 1976年、第三書館 1987年、光文社文庫(上下) 2003年

映画『西遊記 女人国の戦い』3.7★/5  2018年 中国 OLD MAN

 

 


www.youtube.com

OLD MAN

 


www.youtube.com


www.youtube.com

 

  映画『西遊記 女人国の戦い』3.7★/5  2018年 中国

 

 

  映画『西遊記 女人国の戦い』を見た。

 『西遊記』にはいろいろな話が盛り込まれており、その一つを取り上げては、映画化されているようだ。

 切り取り方や表現によって、このように色々な形で映画が作られる『西遊記』という偉大な中国の古典であることを、何本かの『西遊記』映画を見て知った。

 

 今回はその中でも 「女人国」を取り上げられていたが、三蔵法師と女王との清らかなフィリア的愛情に、いささか感動した。

 

 話しはずれるが、沙悟浄の顔が、松本白鷗(当時 染五郎)の、三、四十代の頃にそっくりだった、、、

 

 今回も、見たという簡単な記録のみにて失礼申し上げます。

 

 

 神韻芸術団 | 女人国の孫悟空 (日本語)

 女人国の孫悟空 

   女人国(にょにんこく)

   女王の求婚

   サソリと戦う孫悟空

 

 三蔵法師に言い寄る邪霊にとりつかれた女王(陳恵冠 画)

  神韻芸術団 | 女人国の孫悟空 (日本語)▲▼

 

 

 Wikipedia ▼

 

西遊記
女人国の戦い
タイトル表記
繁体字 西遊記女兒國
簡体字 西游记女儿国
拼音 Xī Yóu Jì Nǚ ér Guó
英題 The Monkey King 3
各種情報
監督 ソイ・チェン
脚本 ウェン・ニン
出演者 アーロン・クォック
チャオ・リーイン
ウィリアム・フォン
シャオ・シェンヤン
ヒム・ロー
音楽 小林雄
撮影 リチャード・ブラック
編集 ヤウ・チーワイ
美術 チョ・ファソン
製作会社 香港の旗 星皓影業
配給 日本の旗 ツイン
公開 香港の旗中華民国の旗 2018年2月15日
中華人民共和国の旗 2018年2月14日
日本の旗 2019年1月19日
上映時間 114分
製作国 中華人民共和国の旗 中国
香港の旗 香港
言語 広東語、普通話
製作費 RMB 550 (US$87 million)
興行収入 US$114.2 million
前作 西遊記 孫悟空vs白骨夫人

 

Wikipedia ▼

西遊記 女人国の戦い』(さいゆうき にょにんこくのたたかい、原題:西遊記女兒國、英題:The Monkey King 3)は、2018年に公開された中国・香港合作映画。『モンキー・マジック 孫悟空誕生』と『西遊記 孫悟空vs白骨夫人』の続編で、ソイ・チェンが監督した中国の白話小説西遊記』を映画化したシリーズ第3弾である。

映画『三蔵法師玄奘の旅路  大唐玄奘』 4,1★/5 2011     BIAN GE 菊花台


www.youtube.com

映画『三蔵法師玄奘の旅路  大唐玄奘』 4,1★/5 2011

BIAN GE 菊花台

 

 


www.youtube.com

王韮献唱 大唐玄奘

 


www.youtube.com

仏教哲学の講座

 

 

 映画『三蔵法師玄奘の旅路  大唐玄奘』 4,1★/5 2011

 

 

 映画『三蔵法師玄奘の旅路  大唐玄奘』を見る。

 三蔵法師玄奘のたどった道を、映画という創作の映像を通して、興味ぶかく見る。

 砂漠の景色。

 砂漠という過酷な世界の中を一人歩く孤独感、そして 恐怖。

 特に、  

    水。

 水の涸れる恐怖感は、半端ではない。

 水を失う恐怖を、映画では二度ばかり、大きくとらえて映し出した。

    生死との格闘

    命朽ち果てる恐怖

 幻覚との戦い。

 砂粒の見極め

 

 旅の中央あたりで、ウズベキスタンにたどり着く。

 いわゆる、サマルカンドダ。

 

 ここでは個性的な顔立ちと衣装の美しい娘と父親が出てきた。

 一目見て、ウズベキスタン人女性と分かる姿に、心は弾んだ。

 

 この女優は、演技が上手かった。

 三蔵法師玄奘と二度目の再開を果たし、別れの時の女性の表情は、素晴らしかった。

 

 三蔵法師玄奘は旅を終え、中国に戻る。

 視の一連のドラマ性が魅力的な映画であり、景色とたどる道にも興味を覚え、もう一度見てみたいと思った。

 

 今回も観たという 簡単な記録にて失礼いたします。

 

 

 

 

 

 

大唐玄奘 : 作品情報・キャスト・あらすじ - 映画.com

スタッフ・キャスト

映画『孫悟空 ザ・ボルケーノ・キング(原題:齐天大圣之火焰山 / 英題:Monkey King: The Volcano)』 3,3★/5  2019年 中国 Poison


www.youtube.com

Poison

 


www.youtube.com

 

 

 

 映画『孫悟空 ザ・ボルケーノ・キング(原題:齐天大圣之火焰山 / 英題:Monkey King: The Volcano)』 3,3★/5  2019年 中国

 

 

 映画『孫悟空 ザ・ボルケーノ・キング』を見た。

 簡単なつくりの映画で、その割にはCGが多用されている。

 

 冒頭から、学芸会~学園祭のお芝居を見ているようで、あまり感心しなかったのだが、話の展開や町っとした場面場面が面白く、映画としては時間つぶしには適切なものであった。

 

 そこそこにワクワクし、また、笑いも生じ、疲れている時にはゆったりとソファーに身体を沈め、紅茶でも飲みながら見るのに、最適な映画だったと思い。

 

 中身はないが、面白かった。

 

 今回も観たという簡単な記録だけで失礼申し上げます。

 

 

 Filmarks

  ▼

 本作は、中国の伝奇小説『西遊記』の有名なエピソード「火炎山(かえんざん)」をベースにしたWEB映画です。中国の人気俳優ベニー・チャン(陳浩民)が孫悟空を演じるアドベンチャーシリーズの第2作目にあたります。

制作年:2019年

監督:リン・ツェンチャオ(林珍钊)

 

キャスト:

 孫悟空:ベニー・チャン

 猪八戒:ラム・ジーチョン

ご挨拶

 

 

 

 ご挨拶

 みなさまへ

 

 みなさま

 拙ブログにお越しくださいまして、誠にありがとうございます。

 

 旅の為 一週間ほど、留守にいたします。

 帰りましたら、また、皆様の元へ伺わせていただきたいと思います。

 

 尚、管理不足のため、「ご挨拶」へのコメントは不要とさせて頂きたく存知ます。

 不躾ではございますが、よろしくお願い申し上げます。

 

 季節柄、皆さまもご自愛くださいませ。

 乱鳥 拝

 

 

 

映画『カラヴァッジョ 天才画家の光と影 Caravaggio』 5,0★/5(筋書き5,構図色彩5、役者5) 2022年 イタリア フランス スペイン ドイツ  日本133分(完全版180分)   誰も寝てはならぬ


www.youtube.com

誰も寝てはならぬ

 

 

カラヴァッジョ《キリストの埋葬》1602-04年 ヴァチカン美術館

殺人を犯した鬼才・カラヴァッジョの名画に、大阪・関西万博で再会 | GOETHE

 

 

 

 

 映画『カラヴァッジョ 天才画家の光と影 Caravaggio』 5,0★/5(筋書き5,構図色彩5、役者5) 2022年 イタリア フランス スペイン ドイツ  日本133分(完全版180分)

 

 

 映画『カラヴァッジョ 天才画家の光と影』を見たが、筋書き,構図色彩美、役者の全てが素晴らしかった。

 一画一画が良質の絵画を見ているようで、映画の中に入り込んでしまう。

 各役者が素晴らしく、演技や目力や所作に感心してしまう。

 筋書きが力強く、映画の文法にのっとった素晴らしさで、のめり込んでしまう。

 荒々しいが、気品にあふれた描き方のこの映画は、私は好きだ。

 後で知ったがイタリア フランス スペイン ドイツの合同でつくられた映画だという事だ。

 

 主役 カラヴァッジョの役者が印象深く、カラヴァッジョこんな人であったであろうとすんなりと受け入れられた。

 

 イタリアの美しい景色や民族の様子が事細かに興味深く描かれ、総合的に考えて、ここ最近では最高に砂らしい映画に出会えたと、私は喜んでいる。

 

 調べてみれば、一般的には 4,5くらいの評価。私は全てにおいて、満点の5を付けた。

 近日中にもう一度、しっかりと見たいと思える映画に出会えたことを喜んでいる。

 

 日本で公開された時間は133分。完全版は180分だという。

 どこがどう省略されたのか、、、

 完全版が見てみたいものだ!

 

 今回も観たという簡単な記録だけで、失礼いたします。

 

 

 Wikipedia ▼

カラヴァッジョ 天才画家の光と影
Caravaggio
監督 アンジェロ・ロンゴーニイタリア語版
脚本 ジェームズ・H・キャリントン
アンドレア・プルガトーリイタリア語版
製作 イーダ・ディ・ベネデットイタリア語版
製作総指揮 ピエロ・アマティ
アンジェロ・フレッツァ
ミゲル・アンヘル・ゴンサレス
クラウディオ・マンシーニイタリア語版
出演者 アレッシオ・ボーニ
エレナ・ソフィア・リッチイタリア語版
音楽 ルイス・バカロフ
撮影 ヴィットリオ・ストラーロ
編集 マウロ・ボナンニイタリア語版
製作会社 EOS Entertainment
GMT Productions
Institut del Cinema Catala
Televisio de Catalunya (TV3)
Titania Produzioni
配給 イタリアの旗 Rai 1(テレビ放送)
日本の旗 東京テアトル
公開 イタリアの旗 2007年2月17日 (Part.1)
イタリアの旗 2007年2月18日 (Part.2)
日本の旗 2010年2月13日
上映時間 180分
133分(日本公開版)[1]
製作国 イタリアの旗 イタリア
フランスの旗 フランス
スペインの旗 スペイン
ドイツの旗 ドイツ
言語 イタリア語

 

 

https://media.artelier.co.jp/column/184/より、お借りしました。

 

 

ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジオ - Wikipedia

 ▼

ローマ追放と死(1606年 - 1610年)

ロザリオの聖母』(1607年)
美術史美術館ウィーン

カラヴァッジョは激動の生涯を送った。裏社会の住人たちの間でさえ喧嘩っ早いという悪評があり、カラバッジョの不品行が当時の警備記録や訴訟裁判記録に数ページにわたって記載されている。そしてカラヴァッジョは、1606年5月29日におそらく故意ではないとはいえ、ウンブリアテルニ出身のラヌッチオ・トマゾーニという若者を殺害してしまう。それまでのカラヴァッジョの放埓な言動は、有力者に多くパトロンがいたことによって大目に見られていたが、このときはパトロンたちもカラヴァッジョを庇うことはなかった。殺人犯として指名手配されたカラヴァッジョはローマを逃げ出し、ローマの司法権が及ばないナポリで有力貴族コロンナ家の庇護を受けた。カラヴァッジョとコロンナ家との関係は『ロザリオの聖母』(美術史美術館所蔵、1607年)など、主要な教会からの絵画制作依頼に大きく寄与している。

慈悲の七つの行い』、『キリストの鞭打ち』などの作品によりナポリでも成功を収めたカラヴァッジョだったが、数か月後には、おそらくマルタ騎士団の騎士団総長アロフ・ド・ウィニャクール (en:Alof de Wignacourt) の庇護を求めて、ナポリからマルタへと移った。ド・ウィニャクールは、このイタリア有数の高名な画家を騎士団の公式画家とすることは利益になると判断してカラヴァッジョを騎士団の騎士として迎え入れ、カラヴァッジョを喜ばせた[13]。マルタ滞在時にカラヴァッジョが描いた主要な作品には、唯一カラヴァッジョ自身の署名が残る『洗礼者聖ヨハネの斬首』(聖ヨハネ准司教座聖堂所蔵、1608年)や、『アロフ・ド・ヴィニャクールと小姓の肖像』(ルーブル美術館所蔵、1607年 - 1608年)を始め当時の主要なマルタ聖堂騎士団員を描いた肖像画などがある。

遅くとも1608年8月終わりまでに、カラヴァッジョは逮捕され投獄されている。このマルタ時代のカラヴァッジョを取り巻く急激な環境変化は長く議論の的になっており、近年の研究では、カラヴァッジョがマルタでも喧嘩沙汰を起こし、騎士団宿舎の扉を叩き壊したうえに騎士の一人に重傷を負わせたためだとされている。騎士団員たちによって投獄されたカラヴァッジョは、同年11月に「恥ずべき卑劣な男」であるとして騎士団から除名されたが、脱獄してマルタから逃れた。

聖ルチアの埋葬』(1608年)
ベッローモ州立美術館英語版シラクサ

マルタを後にしたカラヴァッジョは、昔からの知り合いで結婚後シラクサに住んでいたマリオ・ ミンニーティを頼ってシチリアへと逃れた。二人は共にシラクサを離れてメッシーナへと出発し、最終的にシチリアの首都パレルモに到着している。カラヴァッジョは旅先の各都市でも画家としての名声を勝ち取り、多額の謝礼を伴う絵画制作の依頼を受けたため、この旅はいわば大名旅行ともいえる贅沢なものになった。このシチリア時代の作品には『聖ルチアの埋葬』(ベッローモ州立美術館英語版所蔵、1608年)、『ラザロの復活』(メッシーナ州立美術館所蔵、1609年ごろ)、『羊飼いの礼拝』(メッシーナ州立美術館所蔵、1609年)があげられる。カラヴァッジョの作風は進化し続けており、このころの作品は描かれている人物が身にまとう織りの粗い衣服が、何も描かれていない広い背景から浮き出て見えるかのように表現されている。「カラヴァッジョがシチリアで描いた素晴らしい祭壇画は陰になっている部分が多く、薄暗く広い背景に数人のみすぼらしい人物が描かれている構図という他にあまり例のない作品になっている。人間の絶望的なまでの不安と心の弱さを表現すると同時に、人間が代々受け継いできた優しさ、謙虚さ、柔和さなどが未だ失われていないさまを描き出している」といわれている[14。一方でカラヴァッジョの不品行は改まってはおらず、眠っているときでさえ完全武装し、他人の作品を根拠なく誹謗してその絵画を引き裂いたり、地元の画家たちを嘲笑していたという当時の記録が残っている。

カラヴァッジョはシチリアに9か月滞在した後に再びナポリへと戻っている。ナポリ帰還は、最初期の伝記によればカラヴァッジョがシチリアで常に敵対者に付け狙われており、ローマ教皇の許しを得てローマに戻れるようになるまでは、知己である有力貴族コロンナ家が大きな権力を持つナポリがもっとも安全であると考えためである。ナポリ帰還後の作品として『聖ペテロの否認』(メトロポリタン美術館所蔵、1610年ごろ)、『洗礼者ヨハネ』(ボルゲーゼ美術館所蔵、1610年ごろ)、そして遺作となった『聖ウルスラの殉教』(インテーザ・サンパオロ銀行所有、1610年)がある。特に『聖ウルスラの殉教』は、フン族の王が放った矢が聖ウルスラの胸を貫く瞬間を描いた奔放かつ印象的な筆使いの絵画で、それまでの絵画が持ち得なかった躍動感にあふれた作品になっている。

ゴリアテの首を持つダヴィデ』(1609年 - 1610年)
ボルゲーゼ美術館ローマ

カラヴァッジョは安全な場所だと思っていたナポリで襲撃を受けた。犯人は不明で、ローマでは「有名な芸術家」カラヴァッジョが殺されたという記録が残っているが、これは誤報でありカラヴァッジョは顔に重傷を負ったものの生命に別状はなかった。『洗礼者ヨハネの首を持つサロメ)』(王室コレクション美術館英語版、マドリード、1609年ごろ)の大皿に乗った生首は自身の頭部を描いたもので、カラヴァッジョはこの作品をマルタでの不品行への許しを請うためにマルタ騎士団長ド・ウィニャクールへと贈っている。『洗礼者ヨハネの首を持つサロメ』とおそらく平行して『ゴリアテの首を持つダヴィデ』(ボルゲーゼ美術館、1609-1610年)も描いている。若きダビデが不思議な悲しみの表情で巨人ゴリアテの切断された頭部を見つめている作品で、この絵画に描かれているゴリアテの頭部もカラヴァッジョ自身の自画像である。カラヴァッジョはこの『ゴリアテの首を持つダビデ』をローマ教皇パウルス5世の甥で、罪人への恩赦特権を持つ悪名高き美術愛好家の枢機卿シピオーネ・ボルゲーゼ (en:Scipione Borghese) への贈答絵画にするつもりだった。

1610年の夏にカラヴァッジョは、奔走してくれたローマの有力者たちのおかげで近々発布される予定だった恩赦を受けるために北方へと向かう船に乗り込んだ。このときカラヴァッジョは枢機卿シピオーネへの返礼品として3点の絵画を持参していた。この後カラヴァッジョに何があったのかの記録が非常に混乱、錯綜しており、いずれも推測の域を出ない。わずかに事実だといえることは、7月28日のローマからウルビーノ公爵家へ宛てた速報手記 (en:Avviso) にカラヴァッジョが死去したという記事が掲載されており、3日後の別の速報手記にカラヴァッジョがナポリからローマへと向かう旅の途中で熱病のために死去したというものである。カラヴァッジョの友人の詩人が後に7月18日をカラヴァッジョの命日であるとしており、近年の研究で同じく7月18日にトスカーナ大公国ポルト・エルコレで熱病により死去したという証拠が見つかったと主張する美術史家もいる。

2010年にポルト・エルコレの教会で人骨が発見され、この骨はまずカラヴァッジョのものに間違いないだろうと考えられている。この発見から1年以上かけてDNA鑑定、放射性炭素年代測定など様々な科学的鑑定が行われた。発見された人骨からは高濃度の鉛が検出されており、この人骨がカラヴァッジョのものであるならば鉛中毒で死去した可能性が高い。当時の顔料には多くの鉛が含まれ、鉛中毒はいわば画家の職業病だった。さらにカラヴァッジョは非常に放埓な生活を送っており、このことも鉛中毒に悪影響を及ぼしたと考えられる。

 

 

『カポディモンテ美術館展』 京都府京都文化博物館 (5景+4枚) - 乱鳥の書きなぐり はてなブログ

ポンペイ 2  ポンペイとヘルクラネウムのエロティックアート 〈1〉ヘルクラネウムとは House(,,,,,,,,Herculaneum)

ヘルクラネウムの概観
 

 

 

ポンペイ 2  ポンペイとヘルクラネウムのエロティックアート 〈1〉ヘルクラネウムとは

 

 

ヘルクラネウムとは

 ポンペイ、スタビアエ、オプロンティス)と共に79年のヴェスヴィオ噴火により失われたことで有名。

 町は高温の火砕物に埋まり、それは冷えて火山性の凝灰岩となった。

 1981年に遺骨が発見されて以来、150体あまりの人骨が発見された。

 噴火当時ヘルクラネウムはポンペイに比較して小さな町で、より裕福な人々が住んでいた。

 

 ヘルクラネウムで出土した遺物の多数はナポリ国立考古学博物館

に保存されている。

 

 ヘルクラネウム - Wikipedia

 
ヘルクラネウムの位置(イタリア内)
ヘルクラネウム
イタリアにおける位置
別名 Ercolano
所在地 イタリア共和国カンパニア州エルコラーノ
座標 北緯40.8060度 東経14.3482度 
種類 居留地
歴史
完成 紀元前6‐7世紀
放棄 西暦79年
追加情報
ウェブサイト Herculaneum – Official website
 
登録名 ポンペイ、ヘルクラネウム及びトッレ・アンヌンツィアータの遺跡地域
区分 文化遺産
基準  
登録日 1997 (21st session)
登録コード 829
地域 イタリアの世界遺産

 

 

ポンペイとヘルクラネウムのエロティックアート

 ポンペイとヘルクラネウムのエロティックアートとは?意味・概要・関連情報 | jmedia.wiki

映画『豪傑カサノバ  Casanova’s Big Night 』 4,8★/5 1954年 アメリカ    フィガロの結婚 

 


www.youtube.com

フィガロの結婚

 

 

映画『豪傑カサノバ  Casanova’s Big Night 』 4,8★/5 1954年 アメリカ

 

 

 

 映画『豪傑カサノバ  Casanova’s Big Night 』 を見る。

 

 まず初めに、オペラの様に序曲が始まり、開幕、そして話の展開を待ち望む気持ちは、大きくなる。

 映画が始まり、終始、笑い転げさす面白さ。

 笑いの演出は細かく数多い。

  

 話しの筋書きも見事で、山場にさっすると、【女装していた仕立て屋ピッポ・ポポリーノは、オペラ『フィガロの結婚』の序幕初めの曲がかかり、カサノバに戻る★】

 見事な展開。

 そして仕立て、、、(屋)と、『フィガロの結構』の幕開けとが、掛けてある。

 お見事★

 

 最後の最後も小気味が良い幕引き。

 洒落ているが、此処ではネタバレ無しという事で、、、

 舞台や芝居が好きな人なら、手放しに楽しめる映画だと思う。

 

 今回も 見たという簡単な記録だけで、失礼いたします^^

 

 

 


スタッフ キャスト
監督:ノーマン・Z・マクロード
製作:ポール・ジョーンズ
原案:オーブリー・ウィスバーグ
脚本
ハル・カンター
エドマンド・ハートマン
撮影:ライオネル・リンドン
編集:エルスワース・ホーグランド
音楽:リン・マーレイ

出演
ピッポ・ポポリーノ:ボブ・ホープ(カサノヴァに成りすます仕立屋の弟子)
フランチェスカ・ブルーニ:ジョーン・フォンテイン(ピッポが惹かれる未亡人)
ドナ・エレナ・ディ・ガンベッタ:オードリー・ダルトン(ピッポが近づくヴェネツィアの貴族の娘)
ルシオ/ナレーター:ベイジル・ラスボーン(カサノヴァの従者)
ステファノ・ディ・ガンベッタ:ヒュー・マーロウ(ドナ・エレナの兄)
ヴェネツィアの総督:アーノルド・モス
フォレッシ:ジョン・キャラダイン(総督の側近)
マジョリーン:ジョン・ホイト(クレモナのワイン商人)
カステルベッロ公爵夫人:ホープ・エマーソン(カサノヴァにドナ・エレナの調査を依頼する貴婦人)
カステルベッロ公ラファエル:ロバート・ハットン(ドナ・エレナの婚約者)
エモ:ロン・チェイニーJr.(殺人犯である囚人)
ブラガディン:レイモンド・バー(総督の側近)
シニョーラ・ディ・ガンベッタ:フリーダ・イネスコート(ドナ・エレナの母親)
コルファ:プリモ・カルネラ(ドナ・エレナの護衛)
カラバッチョ:フランク・プーリア(カサノヴァの債権者)
アルベルト・ディ・ガンベッタ卿:ポール・カヴァナー(ドナ・エレナの父親)
ジョヴァンニ:ロモ・ヴィンセント(カサノヴァの債権者)
ルジェロ大尉:ヘンリー・ブランドン(総督の部下)
シニョーラ・フォレッシ:ナタリー・シェイファー
囚人:ダグラス・フォウリー
ニョッキ:ネストール・ペイヴァ
囚人:ルシアン・リトルフィールド
カサノヴァ:ヴィンセント・プライス(カメオ出演)

 

映画『王家の末裔』 3,3★/5  フィル・カールソン監督 1952年 アメリカ 94分   2CELLOS

 


www.youtube.com

2CELLOS

 

 映画『王家の末裔』 3,3★/5  フィル・カールソン監督 1952年 アメリカ 94分

 

 

 映画『王家の末裔』を見た。

 主役の俳優が二役で熱演。

 筋書きは面白く展開したが、いかにせん、主役の俳優のお顔立ちがにやけた表情だったので、入りこめなかった、、、

 単純な私なのである、、、><

 

 今回も観たという、超簡単すぎる記録にて、失礼いたしまする。

 

出演者

アンソニー・デクスター
ジョディ・ローレンス
ゲイル・ロビンス
アンソニー・クイン
 
 
 
 

ポンペイ 1 まず手始めに、漠然と安直に調べてみる。

 


www.youtube.com


www.youtube.com

 

 

  ポンペイ 1 まず手始めに、漠然と安直に調べてみる。

 

 

 

ポンペイ - Wikipedia  ▼

 ポンペイ: Pompeii: Pompei)は、イタリアナポリ近郊、ヴェスヴィオ山のふもとにあった古代都市。

 西暦79年のヴェスヴィオ噴火で発生した火砕流によって地中に埋もれたことで知られ、その遺跡は「ポンペイ、ヘルクラネウム及びトッレ・アンヌンツィアータの遺跡地域」の主要部分として、ユネスコ世界遺産に登録されている。

 

 

ヴェスヴィオ - Wikipedia  ▼

ヴェスヴィオ山とは

 ヴェスヴィオ山: Il monte Vesuvio)は、イタリアカンパニア州にある火山

 ナポリから東へ約9kmのナポリ湾岸にある。

 日本ではベスビオ山、ベスビオス火山、ヴェスヴィオス火山とも呼ばれることがある。

 1944年を最後に噴火はしていないが、24時間体制での監視体制が敷かれている。

 狭義のヴェスヴィオ山は、ソンマ山(1,132m)とよばれる外輪山が取り巻いた標高1281メートルの複合成層火山

 英語からヴェスヴィアス、ラテン語からウェスウィウスヴェスヴィウスとも呼ばれる。

 イタリア語の発音をカタカナ表記すると「ヴェズーヴィオ」となる。

 ローマ人にとっては紀元前73年に剣闘士スパルタクスが仲間とともに立て籠もった山として記憶されていた。

 

 

ヴェスヴィオ噴火

  Vesuvio79 災難資料館|事故・災害の記録と検証

  ヴェスヴィオ火山大噴火――2000年前、都市が一瞬で消えた日|災難資料館|事故・災害の記録と検証

  ヴェスヴィオ火山の噴火で脳がガラスに、火山灰雲が原因か - BBCニュース

 

 ヴェスヴィオ - Wikipedia  ▼

ヴェスヴィオ
Vesuvio
Vesuvius
ポンペイの遺跡から望むヴェスヴィオ
標高 1,281 m
所在地 イタリアの旗 イタリア カンパニア州ナポリ県
位置 北緯40度49分 東経14度26分
山系 カンパーニア火山弧英語版
種類 成層火山
最新噴火 1944年
ヴェスヴィオの位置(イタリア内)
ヴェスヴィオ
ヴェスヴィオ (イタリア)
プロジェクト 山

 

 

Pompeii
現在のポンペイの遺跡。背景のヴェスヴィオは79年以降も噴火を繰り返したため、山頂周辺が吹き飛び、低くなっている。
ポンペイの位置(イタリア内)
ポンペイ
イタリアにおける位置
所在地 イタリアの旗 イタリアカンパーニャ州ポンペイ
座標 北緯40度45分3.6秒 東経14度29分13.2秒 
種類 都市
歴史
完成 前7-6世紀頃建設
放棄 紀元79年滅亡
文化 古代ローマ
所属 ローマ帝国
 
登録名 ポンペイ、ヘルクラネウム及びトッレ・アンヌンツィアータの遺跡地域
区分 文化遺産
基準 iii, iv, v
登録日 1997
登録コード 829

 

ポンペイの拡張史。
赤 - 最古の街(サムニウム期)
青 - 最初の拡張。紀元前4世紀
緑 - 2度目の拡張

 

79年のヴェスヴィオ噴火による降下火山灰の被害地区(黒色部分)。火砕流による被害地域よりもはるかに広い。


黄 - ローマ帝国による拡張。紀元前89年より。

映画『砂漠の鷹』 3,9★/5 フレデリック・デ・コルドヴァ監督 1950年 アメリカ 

 

 


www.youtube.com

(音声、なし★)

 


www.youtube.com

 

 

 

   映画『砂漠の鷹』 3,9★/5 フレデリック・デ・コルドヴァ監督 1950年 アメリカ 

 

 

 映画『砂漠の鷹』を見た。

 テヘランから始まる本映画は、イランの好きな私には手放しでペルシャの話は楽しかった。

 そう、手放しに、何の屈託もなく、楽しかったのでた。

 したがって、評価も甘いのは、お許しあれ!

 

 何が面白いかであるが、子供の頃に読んだ シンドバットなどの冒険の世界なのである。

 おまけにペルシャとあっては、私的にはワクワクしない訳がない。

 ただし、全体を見て、アメリカが創っただろうと思える箇所は多い。

 

 ナツメヤシの葉が以上に風に揺れる等の不自然さが、舞台的で面白い。

 はじめに出てきたラクダ群が、フタコブラクダで、あれれと思っていたら、最後はヒトコブラクダが出てきた。

 イランにはフタコブラクラがいるのかいないのかは知らないが、私的には、ヒトコブラクダの方が心が落ち着く(笑)

 

 ペルシャ時代の衣装が眼をひく。

 男性の衣装はシンドバットの様で、とても素敵だ。

 そして王の娘の衣装が、時によっては素肌に感じるような色彩と質感で、エロチックであり、こんな衣装があったのだ、、、と、少し笑いがこみ上げてきた。

 こんなにも女性の身体の輪郭や質感を意識した衣装を着ていた女性たちを思えば、イスラム教は女性の肌をできるだけ隠そうとしたというのも、多少は分からなくもない(笑)(といっても、付け加えておきたいのは、私が決して、イスラム教が良いと言っているわけではないので、ご理解願いたい!!!)

 

 全体を通して、ディズニーのアニメを見ているようで、加えて舞台を見ているようで、とても楽しかった💓

 何か意味があるかといわれれば、無いというしかないが、楽しかったのである。

 正統派の娯楽映画の一手法であろうと思う。

 

 1950年前後の映画は、まだCGが使われておらず、せいぜい、二十撮影程度などだと思われるが、それがまた魅力的である。

 最近、この時代の映画は素敵だなと思っている。

 わたしにとっては この時代の映画、今現在は興味深い。

 

 今回も観たという簡単な記録だけで失礼いたします。

 

砂漠の鷹
The Desert Hawk
監督 フレデリック・デ・コルドヴァ
脚本 ジェラルド・ドレイソン・アダムズ
原案 オーブリー・ウィスバーグ
ジャック・ポレックスフェン
製作 レオナルド・ゴールドスタイン
ナレーター ジェフ・チャンドラー
出演者 イヴォンヌ・デ・カーロ
リチャード・グリーン
音楽 フランク・スキナー
撮影 ラッセル・メティ
編集 オットー・ルドウィグ
ダニエル・A・ネイサン
配給 ユニバーサル・ピクチャーズ
公開 アメリカ合衆国の旗 1950年8月5日
日本の旗 1952年12月1日
上映時間 77分
製作国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
言語 英語

 

 

映画『ポンペイ最後の日』4,1★/5 イタリア  スペイン  西ドイツ  モナコ    バッハ

 

 


www.youtube.com

バッハ

 


www.youtube.com

 

 

  映画『ポンペイ最後の日』4,1★/5 イタリア  スペイン  西ドイツ  モナコ

 

 

 先日学生時代のアルバムを見ていて、ポンペイの写真を見て懐かしく思っていた。

 ポンペイはそこそこには回ったが、中でも印象的だったのが、有名な犬のモザイチ(モザイク)の玄関絵と、下品な言い方だが、玄人女の館(こんな言葉があるかどうかは知らない)。

 玄人女の館に入ると、壁の上には 多くの絵が描か掲げられている。

 客はその額を指さして、○位を指定するという。

 

 ポンペイのこの館を行った人は、たまたまではあるだろうが、私の周りにはいない。

 友人知人親戚、子供さえも、そんな館を訪れてはいないという。

 

 私はまだ学生で、二回生と三回生の間の長期休みを利用して一ヶ月間旅した。

 まだニ十歳そこそこの とてもかわいらしい女の子(爆笑)がその館をいたく感心し、壁の上の絵の一部を写真に撮っていた姿を想像すると、おかしみが沸く、、、というより、あほやん!!!!!

 

 この後 アムステルダムなどでも裏窓を見に行ったりと、二十歳の女の子にしては非常にハードな旅の経験をしたことを覚えている。

 

 そういった話はさておき、映画『ポンペイ最後の日』は面白かった。

 当時の都市の様子や奴隷制度、上のみならぬ siを伴う人間(奴隷)との格闘の観闘の様子は半端ない。変紺による人間心理の揺れ動き。

 

 大切に育てていた息子(養子)が、奴隷と同様にsiを伴う格闘場に出てきたときの、【石枕】或いは【黒塚】【安達ケ原】のような感覚を受ける筋書きは、1950年の欧州の映画でも描かれていたんだと感じた。

 まさに、【親の因果が子に報う】、、、、である。

 

 噴火し始めていた山が、まさに息子が闘い云々と言う時に大きく噴火する。

 そして、ポンペイは、、、

 

 この映画の良い所は、金銭におぼれていた父親が、まさに我が子(血はつながらない)と恋人を炊しけ、自分はシーザーをじゃまして船を出させたところ。

 

 上手い!!!

 

 ただ、ポンペイの町は完全に埋まったと思われるが、映画ではその描き方は半端であった。

 私は噴火や埋まった様子をはっきりとは知らないので、ここにきて今一度、少し調べなければいけないなと感じた。

 

 

 

ポンペイ最後の日
Gli ultimi giorni di Pompei / The Last Days of Pompeii
監督 マリオ・ボンナルド
セルジオ・レオーネ
脚本 エンニオ・デ・コンチーニ
セルジオ・レオーネ
ドゥッチョ・テッサリ
セルジオ・コルブッチ
原作 エドワード・ブルワー=リットン
製作 パオロ・モッファ
ドゥッチョ・テッサリ
セルジオ・コルブッチ
出演者 スティーヴ・リーヴス
クリスティーネ・カウフマン
音楽 アンジェロ・フランチェスコ・ラヴァニーノ
撮影 アントニオ・バレステロス
配給 日本の旗 松竹セレクト
公開 イタリアの旗 1959年11月12日
日本の旗 1960年7月3日
上映時間 100分
製作国 イタリアの旗 イタリア
スペインの旗 スペイン
西ドイツの旗 西ドイツ
モナコの旗 モナコ
言語 イタリア語

そこそこおしゃれな若者たちに、からかわれる私って、いたわられてる?    EPICA

 


www.youtube.com

EPICA

 

 

 そこそこおしゃれな若者たちに からかわれる私って、いたわられてる?

 

 

 雑用があったので、奈良のミナーラというスーパーに行った。

 ミナーラは 観光型ショッピングセンターという事。

 元は、奈良削ごう(デパート)だったらしい。

 建物が変わっているという事で有名なのだが、私にはあまりよくわからない^^

 土曜日ともなれば、小さなを連れた家族連れであふれかえっている。

 そんな総合施設だ。

 

 私はあまりここを利用したことがなかったので、エレベーターやエスカレーターの場所が、わかりにくかった。

 

 エレベーター前につくと、なんだか図体の大きな若者が十二、三人、いらっしゃった。

 図体の大きな若者たちは、幅を広げてわいわいがやがやとはしゃいで笑っておられる。

 私が、若いなと下を向く。

 

 図体の大きな若者たちは騒いでおられるが、やたら楽しそうで、いやな感じではない。

 若者たちは、そこそこかなりおしゃれで、そこそこかなり顔のまとまった、何かをやっておられる方たちだった。

 そこそこかなりおしゃれな若者たちは、騒いでいらっしゃるのに、まじめそうだ。

 

 若いって良いな、、、

 と、涼しい顔をしていた。

 

 そのうち、エレベーターが着いた。

 

 若者たちは全員乗られたが、まだ、スペースは開いている。

 どうしようかと戸惑っていると、明るい声で

「どうぞ~」

といって下さる。

 

 私は礼を言い、乗ることにした。

「何階ですか?」

「〇階です。」

「僕たち、6階なんですよ。これからバーベキューに行きます。一緒に行きません?」

とからかってきてくださる(爆笑)

 若者は6階を押そうとしても、うまく押せない。

「あれ?おかしい。押せないなぁ。これは一緒に行こうという事だわ。一緒に行きません?」

と重ねてからかってこられた(爆笑)

 

 私は必要階に着き、例を言って別れた。

 若者たちは、にこやかに笑っておられた。

 ま、こういうこともあるのねとほくそえむ^^

 

 

ただ、それだけ    2チェロズ

 

 


www.youtube.com

2チェロズ

 

   ただ、それだけ

 

 

 え?!今日は土曜日!!

 今日は金曜日と思い込んでいたのだが、一抹の不安があり調べて見た。

 

【今日は、9月12日 土曜日】

 

 ぎょえぇ~☆ @@;;となった。

 今日は土曜日、、という事が、夜遅くに 家族が帰ってくる日だ。

 

 あかん!

 気合い入れて用事しなあかん><

 

 地場直売所で野菜を買って、洗面所を掃除せねば、、、

 あかんやん!と思う。

    ただ、それだけ

松竹座に貼られていた歴代歌舞伎俳優さんたちの肖像写真    EPICA

 

 


www.youtube.com

EPICA

 

 

 松竹座に貼られていた歴代歌舞伎俳優さんたちの肖像写真

 

 

 松竹座の三階ロビーには 長年 歴代歌舞伎俳優さんたちの肖像写真が貼られていた。

 知っている顔もあれば全く知らない顔も多いながい。

 好きな役者さんや知っている顔を拝見すると、自然と口元はほころぶ。

 

 この写真のすぐ下には、三人掛けのソファが置かれていて、写真に背を向けて座る。

 なんと、罰当たりな!とも感じていた(笑)

 

 松竹座に行き、館内を探索していた時にこれらの写真を見る事はあったが、松竹座の閉館・たて壊しが決まり、最後の最後、松竹座さよなら公演の五月でこれらの写真を撮ることにした。

 お名残り惜しい方も多かったらしく、これらの写真をカメラに収める人は多かった。

 

 ここでやっと、中村鴈次郎さんを認める

 

 実川延若さん^^

 この片岡仁左衛門さんは、知らないなぁ

 

 先代片岡仁左衛門さん

 中村富十郎さん

 

 坂田藤十郎丈

 坂東竹三郎さん

 片岡秀太郎さん

 片岡我當さん