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『京都市交響楽団 第701回定期演奏会』 2、2★/5  指揮:「沖澤のどか」京都市交響楽団常指揮者  ヴァイオリン:アラベラ・美歩・シュタインバッハー   ウィーン・シュトラウス・カペレ &アルマ・ドイチャー 

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京都市交響楽団 第701回定期演奏会』 2、2★/5  指揮:「沖澤のどか」京都市交響楽団常指揮者  ヴァイオリン:アラベラ・美歩・シュタインバッハー 

 
前半 
 G.レンツ:ヴァイオリン協奏曲「...to beam in distant heavens...」40分
   ヴァイオリン:アラベラ・美歩・シュタインバッハー  日本初演
  シュタインバッハーから新作協奏曲を依頼さたG.レンツ、環境破壊の進行
  による未来社会はいかなるものかと思いを込め、”遠く離れた天にて輝く”
  という主題、これはブレイクの叙事詩エルサレム」からの引用と云う。
  
 
 
 
 
 京響700回公演に比べ、今回はずいぶんつまらなかった。
 ツー好みの音楽好きしかわからないと言いたげな、701回。
 
 沖澤さんの説明によれば、G.レンツ:ヴァイオリン協奏曲「...to beam in distant heavens...」40分は完ぺきな音楽だということだが、会場の大半の観客が眠っておられた。
 私は音楽の通でもないし、裸の大様にはなりたくないので、此処からは自分が感じたあくまでも一個人の意見として書いていきたい。
 
 観客は前半も後半も、かってないほどに、眠っておられた方が多かった。
 そのくせ、音楽が終わると、これまでに経験しないほどの爆発(拍手)があらしの様に起こり、鳴りやまない。
 これはある意味、やっと終わったという満足感と達成感ではないかと感じた。
 
 前半の曲は、突然の大爆音の打楽器。これに関しては、良かった。
 抽象音楽にバイオリンのギィギイとした耳障りな調べの中に、突拍子もない大太鼓(?)の音が、
     ドーン ドーン ドーン、、、、、、、
と続くが、私にとっては其音の関連性が分からなかった。
 同じ抽象音楽的要素であっても5月の演奏は音楽の文法にのっとったものであり、私にとっては心地良い物であった。
 しかしながら今回の音楽は、私には不協和音としか、聞こえなかった。
 私は指揮者に、完璧な音楽といわれても、自分の感性でで聴きたい性格なので、この音楽は理解できなかった。
 通好み、或いは人に後押しされて良いものだといわれれば素直にいいものだと云える人や、本様に音楽が理解できている方にとってはいい音楽だったのかもしれない。
 しかし、一部のラスト数分のギイギイ~となったバイオリンに定期的にたたかれる無機質な打楽器は、音楽として、深いであった。
 現に、会場中の多くの方が眠っておられた。
 
 一部が終わって指揮者は、大きな楽譜を高らかに掲げ、舞台を練り歩かれた。
 私たちは
「素晴らしい音楽でございました。(服は立派だ)」
と、裸の王様にならざるを得なかった。
 だが、私は断固として、そうはなりたくない。
 
 眠っておられた多くの方々が、上にも何度も書いたが、爆拍(拍手)しておられ、会場中が沸いていた。
 
 バイオリンのアンコール曲も、ギイギイとした音色は変わらなかった。
 流石にアンコール曲では、眠った方はいらっしゃらなかったように思う。

 
 
 
後半
タイユフェール:小組曲           7分
ラヴェル組曲マ・メール・ロワ」     18分
デュカス:交響詩魔法使いの弟子」     12分
 
 後半でも、眠っておられる方が多く、驚いた。
 指揮者沖澤さんは以前にも見たことがあるが、今回は乗られてなかった。
 感情移入よろしくといった表情がなく、手の動かし方も小さかった。
 帰宅後、ユーチューブで沖澤さんのタクトを振る様子を何本か見たが、すべて感情がこもったタクトの降り方であった。
 何かあったのか、よほど機嫌が悪かったのか、能面の様に無表情で、表現が小さかった。
 
 後半の曲もあまりのらない方が多く、眠っておられた。  
 少しし乗り始めたと思ったら、会場では大きな音で、ハードカバー本を落とされた。
 
     バタン!!!
 
 その音は、場内に鳴り響いた。
 また、会場で、話されておられる観客がいらっしゃった。
 
 指揮者沖澤さんは露骨に不愉快そうな顔をなさり、指揮棒を長い時間、下ろされてしまった。
 主バイオリンの男性がにこやかに、指揮者沖澤さんに二度も先を勧めたが、指揮者沖澤さん感情は抑えきれなかったのは、タクトを下ろされたまま。
 顔はこわばっていた!!!
 二分三十秒も下ろされたままであったであろうか、、、
 指揮者沖澤さんはやっとの事 平常心を取り戻されたのか、やっとの事 タクトをあげる。
 指揮ははじまり、音楽が流れた
 私はそれを見て、プロ意識が低いのか、或いは体調が悪いのか、何かあったのかと心配になった。
 はっきり言って、観客に気を遣わす音楽は、楽しくなかった。
 
 京響の楽団の方々の表情もこわばり、見ていてつらかった!
 指揮者は怖いわ、タクトは下ろされるなど、さんざんな701回であった。
 
 
 後日、ウィーン・シュトラウス・カペレを聞きに行った。
 こちらも若い女性の指揮者(アドマ・ドイチャー)であったが、バイオリンやピアノや即興や作曲(三曲)と多才であった。
 また曲もシュトラウスあり、モーツァルト有りで、非常に楽しかった。
 また、ウィーン・シュトラウス・カペレの方々は終始にこやかであった。
 ウィーンでもウィーン・シュトラウス・カペレの演奏は聞いたことがあるが、にこやかであった。
 
 音楽とは神棚に飾る神々しいものではない。
 曲によっては楽しめることが重要だと私は考える。
 そういった点を沖澤さんはモス少し観客に寄り添い、楽しませることがこれからの課題なのではないかと痛感した。
 

 
 今回、京響に行ったという簡単な記録だけで失礼いたします。
 また、今回の記録はあくまでも私自身の感想ですので、失礼があればお許しください!
 
 みなさま
 ご来場、誠にありがとうございます。
 感謝、感謝でございます★
 
 京響がお詫び文を出していました!!
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