
「古今和歌集」も春歌に続け 秋歌、雑歌、恋歌にしようかと悩んでいたが、昨日読んだ竹西寛子 著 同時代ライブラリー298 『古今和歌集』でのなかに、行為歌はやはり真ん中にあった…と書かれており、これで良かったかなとほくそ笑む。
竹西寛子さんは実力者だが、女性として素晴らしくかわいい方だなと感じた。
気になってお顔写真を探してみる。
しっかりとした賢そうな方で、口もとの引き締まった品の良い美人だ。
流石、竹西寛子さん…あこがれるなぁ☆

恋歌482の
あふことはくもゐはるかに なるかみを(お)とにきゝつゝ恋ひわたるかな
は、わたくしが読んだ歌の感じでは、日本古典文学大系8の頭注よりも、新日本古典文学大系5の客注の方に近かった。
「なるかみ」と聞くと反射的に「鳴神」(歌舞伎十八番のうち内)を思い浮かべる。
困ったもので 狂言の「神鳴」という文字をみても 頭の中で、「鳴神」と変換される。あほ☆
自分で内容を読もうとしたあと 頭注や客注や校注を読み、又本文や歌を読むといった方法。
もっと違った方法があれば教えて下さればうれしいです。

やまとうたは、ひとのこゝろをたねとして、よろづのことの葉とぞなれりける。世中にある人、ことわざしげきものなれば、心におもふことを、見るもの、きくものにつけて、いひいだせるなり。花になくうぐひす、みづにすむかはづのこゑをきけば、いきとしいけるもの、いづれかうたをよまざりける。ちからをもいれずして、あめつちをうごかし、めに見えぬ鬼神をも、あはれとおもはせ、お(を)とこ女のなかをもやはらげ、たけきものゝふのこゝろをもなぐさむるは、歌なり。
このうた、あめつちの、ひらけはじめける時より、いできにけり。あまのうきはしのしたにて、めがみをがみとなるたまへることをいへるうたなり。しかあれど、世にツタ晴子とは、久方の雨にしては、仕立てる姫にはじまり、したてるひめとは、めはかみこのめなり。あせうとの神野かたち、ををかたににうつりて、かゞやくをよめるえびすうたなるべし。これらは文字のかずもも定まらず、歌ののようにもあらぬ事どもなり。(日本古典文学大系8 P,93まで)

「古今和歌集」 巻第十一
恋歌(一)から紀貫之
(引き続き 日本古典文学大系8をうつし書きます)
日本古典文学大系8
新日本古典文学大系5
古今和歌集 巻第十一 恋歌478
つらゆき
ひとの花つみしける所にまかりて、そこなりけるひとのもとに、のちによみてつかはしける
山ざくら霞のまより ほのかにもみてし人こそこひしかりけれ
古今和歌集 巻第十一 恋歌482
つらゆき
あふことはくもゐはるかに なるかみを(お)とにきゝつゝ恋ひわたるかな

古今和歌集 巻第十一 恋歌471
紀つらゆき
よしのがはいはなみたかく行く水のはやくぞ人を思ひそめてし
古今和歌集 巻第十一 恋歌475
世中はかくこそありけれ 吹くかぜのめにみぬ人もほひしかりけり
古今和歌集 巻第十一 恋歌478
つらゆき
ひとの花つみしける所にまかりて、そこなりけるひとのもとに、のちによみてつかはしける
山ざくら霞のまより ほのかにもみてし人こそこひしかりけれ
古今和歌集 巻第十一 恋歌482
つらゆき
あふことはくもゐはるかに なるかみを(お)とにきゝつゝ恋ひわたるかな
おつきあい下さいまして、ありがとうございます。
巻第十一 恋歌一では、よみびとしらずが多かったようです。
次は巻第十二 恋歌二 の貫之を読みたいと思います。
お気づきの…などがございましたら、教えていただければうれしいです。
よろしくお願いします(*^.^*)