
テレビで
舞踊 『玉菊灯籠』 中村福助
小唄 『秋風誘ふ』
『逢うて別れて』
歌舞伎『籠釣瓶花街酔醒 』(例として)中村福助 (八つ橋)
を見たよ。
ほんの一部、『籠釣瓶花街酔醒 』の吉原道中部分等があったのね。
くちょ!
もとみたいのねん。
できれば次郎左衛門は吉右衛門丈か幸四郎丈で…
「籠の釣瓶はぁ、ぁよく 斬れるなぁあ、、」(陰気に にやり)
の場が、好きなのねんのね…ん。

【memoのおじかん】
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玉菊(ウィキペディアより)
玉菊(たまぎく、1702年 - 享保11年3月29日(1726年))は、江戸時代、江戸新吉原の遊女、太夫。
角町中万字屋勘兵衛のかかえで、茶の湯、生け花、俳諧、琴曲など諸芸に通じ、才色兼備、殊に河東節の三味線と拳の妙手であった。 仲の町をあるくときは床几のこしかけるごとに、禿にもたせた100匹、200匹という目録を置いていった。大酒のために若くして世を去った。
享保11年7月、盂蘭盆に吉原の茶屋は軒ごとに燈籠をかかげて玉菊の精霊をまつった。これが玉菊燈籠で、吉原三景容のひとつとなった。享保13年7月、三回忌に十寸見蘭洲が「水調子」という河東節をかたって、玉菊の追善供養をしたが、中万字でこの曲をひくと玉菊の霊があらわれるとつたえられた。
たまぎく-どうろう 5 【玉菊灯▼籠】
新吉原の年中行事の一。盂蘭盆(うらぼん)に灯籠を軒先にともすもの。若くして死んだ玉菊という遊女の霊をとむらうため、新盆につけたといわれる。
芥川龍之介 槍ヶ嶽紀行(玉菊燈籠の用例)
芥川龍之介 槍ヶ嶽紀行 (青空文庫)
…を浴衣に着換へた私は、 括 ( くく ) り枕を出して貰つて、長長と仰向けに寝ころんだ儘、昨日東京を立つ時に買つた講談 玉菊燈籠 ( たまぎくどうろう ) を少し読んだ。読みながら、浴衣の糊の臭ひが、始終...