
姫路城 (兵庫県)
一月、娘と姫路城に行った。
築城から400年間、一度も戦災にあわず、天守群や櫓、門などが往時のままの姿で残る姫路城は、思いの外広い。
いろいろな角度から眺める姫路城は、それそれの表情を私たちに投げかける。
歩く途中、行きがちらつき、表情は一層豊かに広がりを見せてくれた。
整った構造や均整の取れた美しさは、籐十郎丈のこなれた道成寺を見ているようだ。
世界遺産は平成5年(1993年)に登録されたらしい。
籐十郎襲名は少し後か・・・(笑み)
石垣の積み方に特徴あり。
角度やカーブはかなりの工夫が施され、見入ってしまう。
姥石がきっかけとなり、姫路城の石垣が集められた経緯は、先日 ブログでも記録した。
唐草文様 『均整唐草文軒平瓦』 姫路城 記録 ↓
http://blog.goo.ne.jp/usuaomidori/e/57985677d13c978f8e206a1a97b37368
城内を見ていると、石棺が積み上げられた部分が多いことはたいへん興味深い。
石棺や その蓋を使用されたところのあまりの数の多さは、誰もが驚き、気に鳴るところであろう・・・。
調べてみると、石棺の他、石灯籠なども代用されていたとのこと。
掘り返された石棺はたまったものではないなと思うと、ほくそ笑んでしまう。
姫路城には『お菊の井戸』があった。
何だかおかしくて、にやけてしまった。
歌舞伎などのお菊は元の話を脚色して書き上げられ、それをまた脚色といったことは有名ではあるが、姫路城の『お菊の井戸』は直径は大きく、また深い。
これではさぞや 幽霊お菊も皿を数える前に井戸の上に浮かび上がるまでにつかれてしまうだろう・・・。
姫路城の井戸の深さが、
「うらめしや~~。」
なのである。(爆)
これはおかしいぞと!と思いきや 姫路城の『お菊の井戸』は『番町更屋敷』と『播州』というつながりで、ここの井戸は『お菊の井戸』と主張されている様子。
日本全国には『お菊の井戸』とされる者が、多く存在するらしい。
私は確証するべく史料を持ち合わせていない事を付け加えておく。






