乱鳥の書きなぐり はてなブログ

gooブログ:「乱鳥の書きなぐり」より引っ越してきました。

文楽の夕べ  「義経千本桜・道行初音旅」


(写真は散歩中に出会った景色。もうすっかり冬・・・。)

 

 

  文楽の夕べ

 

 2007年11月27日。

 大阪厚生年金会館芸術ホールで、日経新聞主催の『文楽の夕べ』に参加。

 開場五分前に付くと、会館前の歩道はいっぱい。私は道路を隔てた向かい側の歩道に並ばされるといった、長蛇の列の後方に並ぶ。

 あんなにいっぱいの人だったが、運が良い。

 結構前方。真ん中のやや左よりで、とても観やすい席が、ポコンと空席。

 周りの方々に挨拶をして、席に着く。

 

 ここの席は結構周りの方々は文楽通らしく、色々とご存知の方々が多い。

 私のように文楽において、真っ白の素人は珍しかったかもしれない。

 何も知らない私だが、今日の話や演目は楽しめた。

 内容を次に記録しておこう。

 

 

第1部 対談「文楽の魅力を語る」

   竹本 住大夫師(文楽太夫人間国宝

   松久保 秀胤師(薬師寺長老)

第2部 文楽ミニ公演「義経千本桜・道行初音旅」

   浄瑠璃 豊竹 呂勢大夫

   三味線 竹澤 団七

  人形役割 

   静御前 吉田 和生

   狐忠信 吉田 玉女

第2部 座談会「楽しい文楽鑑賞法-米国公演報告-」

   豊竹 呂勢大夫

   竹澤 団七

   吉田 和生

   吉田 玉女

 

 対談「文楽の魅力を語る」は芝居にも通じる部分があり面白かった。

 竹本 住大夫師(文楽太夫人間国宝)と 松久保 秀胤師(薬師寺長老)との 話は次のようなものだった。

 自分なりに、簡単に記録しておきたい。

 

 

1 音曲

2 浄瑠璃と 浪花文化との密着性

3 大阪弁

4 枕 の節回し

5 浄瑠璃では 音、言葉、情景が大切

6 間 (心情=気持ちの上でアドリブ)

7 浄瑠璃は基本に忠実、素直にやる

8 節回し

   ハレ=長調

   クモリ=短調

9 浄瑠璃は思い切り(潔くという意味)やる

10 浄瑠璃は人形が話すように語る

         ⇔お経は喜怒哀楽を入れない

11★ 浄瑠璃は人物になりきる一歩手前で演じる。というのは、でてくる人物の転じのためだそうだ。

 

 この★印部分が、今回私にはほしい情報だった。

 人物になりきる一歩手前で演じるというのは歌舞伎とは全く異質な世界である。

 これが人形浄瑠璃なのかと、全く知らないながらも納得してしまった。

 同じ日本文化を支える伝統芸能といったくくり方、或いは能も含めて男性社会、芸能といった締めくくりをした場合、この演じ方の違いは、かえって面白みを感じるのは、私だけだろうか。

 

 これらの話は 文楽を知らない私にとって、基本的な導入講座のようで、分かりやすく ためになった。

 何を隠そう、私は文楽を今までに一度しか 行ったことがない。

 歌舞伎や能、狂言との共通の演目が気にかかっていたのだが、なかなかきっかけがなかった。

 そういった点で、今回の文楽の夕べは、文楽とかかわる上で、またとないチャンスだったに違いない。

 

 二部の「義経千本桜・道行初音旅」 は、歌舞伎でなじみの演目。

 これは文楽ミニ公演とだけあって、四十分そこそこの長さだったが、歌舞伎の演じ方とまた微妙に違ったり、共通していたりで、楽しい。

 文楽では初めての「義経千本桜・道行初音旅」 だが、とても楽しるものだった。

 静御膳が出てきた後、狐が出てくる。

 人形(ぬいぐるみ形態)の動きはまさに狐で、驚いた。

 狐が吉野山に登り、隠れて・・・・・・本来ならここで 忠信に変わる・・・はずだったが、ここで思わぬアクシデントが起きてしまう。

 桜の咲いた吉野山が突然前方に倒れ、狐と忠信が両方見えてしまったからたまらない。

 会場の一部で、静に笑いが起きてしまった。

 こういったアクシデントを見るのも 舞台の醍醐味だと感じる。

 狐忠信をつかっておられた吉田玉女氏は堂々たるもので、平然と狐から忠信に持ちかえられた。

 素晴らしい。

 これがプロというものだろうか・・・。

 私は文楽の芸術性とプロ魂に圧倒された。

 倒れた吉野山が、すばやく立て直されたことはいうまでもない。

 吉野山の裾野から堂々とした凛々しい忠信が現れた。

 素敵・・・。

 

 第2部の文楽の後の座談会で静御前を演じられた(?)吉田和生氏が、

「今日は大きなアクシデントがありまして、すみませんでした・・・。」

とおっしゃっていたので、てっきり 吉野山の件かと思いきや、文楽が始まってすぐに、静御前の人形の左の糸が一本 切れたとのこと。

 私は文楽を全く知らないど素人なので、糸が切れたなんてことは全く気付かずにいた。

 むしろ糸が切れたことを聞いて、人形をつかう(?)方の技術レベルの高さに圧倒されてしまった。

 私の驚きは、早い段階で 尊敬へと変わる・・・。

 

 以前初春の文楽を聴たときには もったいないことに文楽の良さに気付かずにいた。

 今回の文楽の夕べを観聴して、少しは文楽に親しむことができたような気がする。

 いずれ機会があれば、文楽劇場にも足を運んでみようか・・・。

 但し、そういった場合、文楽は私には難しいので、歌舞伎で馴染みの演目を観ることにしよう・・・。

 

 最後に、このような楽しい楽しい企画をしてくださいました 日経新聞文楽を聴かせてくださいました関係者の方々に、御礼申し上げます。

 私は文楽を全く知りませんので、何かお気づきの点や間違いなどがございましたら、お教えいただけますれば幸いに存じます。

 皆様、ご指導のほど、宜しくお願いいたします。