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『アジアを見る眼 社会主義後のウズベキスタン―変わる国と揺れる人々の心』 4,8★/5 ダダバエフ,ティムール【著】 アジア経済研究所   ウズベキスタンの民族舞踊は華麗なダンス メヴレヴィー教団のセマー

 

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ウズベキスタンの民族舞踊は華麗なダンス

くるくる回る一部分が、トルコのセマー(回旋舞 神事)に類似するところがあるが、セマーは男性のみに修行として踊るところと、音楽が多くく違う。

また、回旋の軸足の使い方が全く異なる。

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トルコ メヴレヴィー教団のセマー

セマー(回旋舞)はトルコで3度見た。家族はでは遺跡に行く仕事があり連れてもらった、私は、トルコではセマー(回旋舞)を見ることが一番の目的であったので、2か所で3回見た。

 上にトルコと書いてはいるが、メブラーナは元はイラン。それがトルコに移った。

 余談だが、トルコ石はトルコとついているが、トルコ石はイランで採れる。

メブラーナは元々イランに存在していました。 メヴレヴィー教団の創始者であるメヴラーナ・ジェラレッディン・ルーミーは、13世紀にトルコのコンヤで活動し、イスラム神秘主義の重要な人物となりました。彼の霊廟は現在、トルコのコンヤにあり、観光名所として知られていますが、メヴラーナ自身はイランに起源を持つとされています。

 

カメラは一瞬をとらえていた ! 『旋舞(セマー) 』 - 乱鳥の書きなぐり はてなブログ

 
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 目にはとまらぬ早さで回転し続けるセマー。

 彼らの陶酔した表情は、客席にも伝わってくる。

 カメラだけは、脱げそうになった靴をとらえていた。

 それほどまでに、激しい回転。

 回転の衣服は外へ外へ・・・

 回転の精神的渦は内へ内へと向かい、やがて すぅう~~と抜け出すのか。無形の魂は、宇宙に向かい出すとでもいうのだろうか・・・。

『旋舞(セマー) 』   トルコ 国鉄シルケジ駅構内/カッパドキア・ケーブ内  他 - 乱鳥の書きなぐり はてなブログ

 

 『旋舞(セマー) 』 トルコ

    イスタンブール 国鉄シルケジ駅構内 1時間

    カッパドキア   ケーブ内 1時間

    カッパドキア   民族ダンス 20分間/3時間半

   (写真はイスタンブール 国鉄シルケジ駅構内で観たセマー

                        写真撮影可能、フラッシュ禁止)

    

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  トルコで旋舞(セマー)を見た。

 私のトルコでの目的の大きな部分を占めていただけに、心に伝わる神聖なるさざ波は大きい。

 

 セマーとはイスラム神秘主義のメヴレヴィー教団の舞踏で、一時間回転しつづける。

  そうすることによって、恍惚状態になり、神と共にある感覚を味わえるとも言われる。

 回転は宇宙の運行を表す。回転することで、神との一体を図る。

 セマーは宗教上の修行の一つ、或いは祈りの手段だと 『神秘と詩の思想家メヴラーナ―』で読んだことがある。 

 なるほど、始まるや音楽が厳かに始まり、羊のような毛皮の紅白の敷物が丁寧に礼をした後、おかれる。

 赤い毛皮は上座(?)、これはおそらく神の方向か?

 下座には白い毛皮がひかれ、旋舞する複数名の定位置となる。

 これは日本の神事にも観られる光景。

 信貴山で見た火渡りの前の儀式に似ている。

 

 上座(神の方向)に神の使い(トップの方?)がいて、踊り手は厳かに神の使いの前に出て、一礼、くるくると踊り出す。

 踊り手全員がそれを繰り返し、本格的に回る。

 白い上着、長いスカート状の布は腰まであがり、大きな円を描く。

 スカート状の下には白の細いズボン、黒い靴をはいている。

 回転は速く激しく、くるぶしまである靴が脱げそうになることもある。

 足の動きは一種独特だ。

 外に向いたと思うと、逆足は中側に向く。

 複雑で、わかりにくい。

 首は肩につけ、手は胸の前で組んだり空(宇宙か?)高き、両手を広げる。

 目はつむったり、ギョロメを向いたり、視線がとんでいる場合もある。

 それほどの苦行の中、笛や太鼓の重々しい美しい調べが彼らを包みこむ。前に向かう男性の声は、体の内部まで浸透し、鼓動が共鳴する。

 冷たい緊張した空気が流れ、皆は食い入るように見つめている。

 踊る手の苦痛が私たちに乗り移り、今考えるとそれは無の境地で見つめていたのかも知れない。

 席を一番前に確保し、写真を摂るんだといった最初の意気込みはどこかに消え失せ、後で見ると 上のような写真くらいのものだった。

 

 上座に一礼してから舞化続き、一旦白の変え側の定位置(下座)に戻り、少しの間、休む。

 舞い直後の彼らは初めはとても辛そうで、あごをなでたり、目の間をきつく押したり、こめかみに力を加えてめまいを摂る仕草をしている。(写真A)

 ところが驚いた事に、上が何度か繰り返されることには、彼らは顔に指を押しつけるといった仕草は見られない。

 彼らは神、或いは宇宙と一体化したとでも言うのだろうか・・・。

 不思議な現象であった。

 (以上はイスタンブールで観たセマー感想)

 

 トルコでは家族の仕事の関係上、コンヤには訪れなかった。

 セマーはトルコの古都コンヤを象徴する祭礼であるので、残念。

 

 私はセマーを三ヶ所で見た。

 基本的には同じようなものではあったが、それぞれ個性があり、受ける側の感覚もすべて違った。

 イスタンブール 国鉄シルケジ駅構内(Sirkeci station, Istanbul, Turkey )で観たセマーは緊張が伝わり、見ぶるいした。目がまぶたの中に飛び、白目。無の境地のように感じたセマーはここで見たものだ。ここは駅の中なので、一歩外に出ると、欧州まで線路が続くかと思うと、独自の文化、宗教の意味合いをより深く感じることができる。

 

 カッパドキアではベリーダンスを含むディナーショーに行った。ここでは民族ダンスのオープニングに、約20分間ほど舞われた。詩(歌)や音楽は、ここではテープ。スピーカー音に合わせるように一通りのあっさりとした 「くるくる舞」という言葉が似合うセマーが行われていた。

  カッパドキアで独立した『セマー』も見た。ここではケーブ内のせいか音楽や声が響き渡る。柱と柱の間は狭く、客席が音楽隊を覗いて三方向に縦長に延びていて、日本で言う神事の部分が全く見えない。尚、上座(赤い毛皮は音楽隊の反対方向…これは共通。)加えて、ドイツ人客が、始終大声で私語を続けていたため、気が散る。仕方なしに勇気を振り絞って、注意せざるを得なかった。それでも、私語はやまない。『おいおい、ここはドイツオペラの番外席じゃないんだぞ。』 と内心、本気でしかった^^。写真は禁止だが、フラッシュが光る。イスタンブールのような緊張感が薄く、単なる舞台やショーッを楽しむという感覚の方が多い。

 見る場所或いはたまたまの集合体によってこんなにも会場の空気が違うものかと驚くばかりだった。

     

 

 

 

 

ranchosmemo.hatenablog.com

 

 

 

本題 

『アジアを見る眼 社会主義後のウズベキスタン―変わる国と揺れる人々の心』 4,8★/5

ダダバエフ,ティムール【著】 アジア経済研究所

 

『アジアを見る眼 社会主義後のウズベキスタン―変わる国と揺れる人々の心』 を読了。

 大変興味深い内容で、参考になる部分が多かった。

 

 日本のウズベキスタンに対して【良い影響】【比較的良い傾向】を与えたという順位は3位(2003年)、5位(2005年)と比較的高い割合。

 

 ダントツで、ロシアが与えた影響は高いが、日本よりも高い2位を占めたのは、韓国であった。

 私が住まいする奈良市ウズベキスタンとは姉妹都市(?)だと思うが、今は、日本はどういった立ち位置なのだろうか。

 日本は1992年にウズベキスタンと国交を樹立して以来、30年以上にわたり継続的な支援と交流を行っており、ウズベキスタン政府からも「信頼できるパートナー」として認識され、良好な関係にある。

 

 マッハラというコミュニケーションがあった。

マッハラとは

 ウズベキスタンキルギスタジキスタンなどの中央アジアで見られるウズベク人の地域コミュニティの事

 

 良い大学を出ても生活の安定の補償にはならない場合がある。

 こういった現象は、イランでも見られた。

 大学を出た真面目そうな紳士が、タクシーの運転手をなさっておられた。

 職が無いとのことであった。

 本書では大学を出て公務員になり給料が安いと書かれていた。

 そういえば,エジプトでは職がなく、9割の人が公務員。

 私が頼んだガイドは有名大学出身であると自慢をしていたが、日本人ガイドの為チップが多く、それを考えると高給取りであった。

 だが、普通の観光ガイドをしている気の良い私のガイドの友人は日本語を勉強中で、日本語ガイドを目指しているとおっしゃっていた。

 普通の観光ガイドはチップも少なく、給料は安いそうだ。

 国により、給料形態が違い、面白いものだなと本書を読んで、再度感じた。

 

 ウズベキスタンでは大卒の公務員の給料はそれほど高くないことは上にも書いた。

 だが、中卒の職業人は腕を磨いており、まっとうな給料を得ている場合が多いという。

 私は本書を読んで、本当だろうか?一部の成功者の事ではないかと、あまり納得はしなかった。

 

 総じて『アジアを見る眼 社会主義後のウズベキスタン―変わる国と揺れる人々の心』は、日本人にとってなじみが少なく想像しにくい国の一つであるウズベキスタンにおいての現状や流れや問題点を投げかける良書であった。

 何より、読んでいて楽しいと感じる秀作であったと考えている。

 

 今回も読んだという簡単な記録だけで失礼いたします(^^♪

 ダダバエフ,ティムール【著】

アジア経済研究所

2008

216p

980円+税

 

以下は紀伊国屋書店公式HP

社会主義後のウズベキスタン / ダダバエフ,ティムール【著】〈Dadabaev,Timur〉 - 紀伊國屋書店ウェブストア|オンライン書店|本、雑誌の通販、電子書籍ストアより

 

 ソ連邦社会主義という制度が崩壊したのち、人々はどのような理想や夢を抱き、悩みをかかえているのか。

 国家、社会、そして家族に対する考え方はどのように変化したのだろうか。  

 

目次

序章 

 自分の国はどこ?失われた国の行方 第1章 ソ連邦崩壊後の国家・民族の認識

第2章 

 人々のアイデンティティを形づくるもの

第3章 

 国民の生活と政治

第4章 

 国民の生活と経済

第5章 

 ソ連邦崩壊後の家庭内関係と家族像

第6章 

「未来の偉大な国」にはどのような未来があるのか

 

 著者等紹介

 ダダバエフ,ティムール[Dadabaev,Timur]

 1975年タシケントウズベキスタン生まれ。

 筑波大学人文社会科学研究科准教授、東京大学人文社会研究科付属次世代人文学開発センター客員准教授。ケンブリッジ大学、(東京財団教員海外派遣プログラム)客員教員(2006‐2007年)、オックスフォード・イスラーム研究センター(OCIS)Al‐Bukhariフェロー(2006年)、東京大学東洋文化研究所助教授(2004‐2006年)、国立民族学博物館日本学術振興会外国人特別研究員(2002‐2004年)、国連大学秋野豊基金フェロー(2004‐2005年)、UNESCO‐小渕恵三基金フェロー(2002‐2003年)を経て現職。佐藤栄作記念国連大学協賛財団による第19回佐藤栄作賞最優秀賞(2003年)(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)