

上の写真は一枚目の三辻堂のお地蔵さんを大きくしたものです。
上下の写真と、いずれも法隆寺一丁目。
同じ場所です。

上の写真は法隆寺一丁目で見た三辻堂です。
近くに畑を手入れをされている農家のおじさまにお話を伺いました。
「あれは三辻堂ですねん。道が三つに分かれてますやろ。」
「法隆寺のですは。法隆寺の土地。法隆寺と書いた石が両側に置いてありますんや。」
「法隆寺のやったら、税金がかかりまへんやろ。」
「法隆寺は土地を返しよりませんねん。」
「法隆寺かて自分のもんやいうたら、はなしませんわ。」
(奈良弁がまちがっているかもしれません)
おじさまは農具を運ぶ手を休めて、にこやかに話して下さった。
こういった『寺と住民』或は 『寺と寺』の確執は、京都の東福寺を始め 時々色々な所で 地元の方に聞く事がある。
長くその土地に住んでこられた方々の満足と鬱憤が噴き出した形だろうかとも思われる。
おじさまは私にちょっとした不満をぶつけられているようであった。

上の写真は、法隆寺のすぐ脇の四辻堂。
広い道が十字路になっている。
ここのお地蔵さんは以前にもこのブログでも何度か紹介した事があると記録している。
本当は上の写真のお地蔵さんの左にはまだ続きがある。
左には、倍のお地蔵さんが並んであおられる。
ずらりと並べられた地蔵は通る私たちを見守って下さる息吹を感じさせる。
無造作におかれた地蔵だが、法隆寺の寺の壁のすぐ際。
ここもたいそう立派な辻堂だと考える。