J Strauss 2
正親町天皇 南都総墓所 西方寺(油阪町)
奈良の油阪にある西方寺に参る。
時々、油坂と書かれている音があるが、正しくは油阪。
境内は誰ひとりといらっしゃらなく、私 ただ一人だった。
本堂には立派な額や仏像が多く安置されているが、あいにく閉ざされ、中を見る事は出来なかった。
墓所には永安時代などの仏像が多くかたを並べられ、かなり古い立派な墓もあり、境内は広く、こまめに整理され、居心地が良かった。
又、お年寄りらの大正琴のサークルや説法などもこまめに行われている写真が貼られており、地域と密着した、大きく立派な寺であった。
寺からは、金の観音のようなものが、近くの民家(?)の屋根に臨むことができた。
後で知ったのだが、この像も西方寺の関係の者であったらしい。
近日中に、もう一度西芳寺は訪れたい。
ところで、此処は油坂町。
油坂町と言えば、昔、東大寺の衆徒(僧兵)が空になった油の樽を転がして戻していたと言われているが、諸説あり、東大寺の僧兵ではないという説もある。
当時、油が相当高く、東大寺などはあ豚の販売特許権(言葉は知らない)を持っていた。
あまりにも高い油の値段に、善良なる商人が庶民にも油を使えるように適正価格で闇で販売したという。
それを聞きつけた東大寺の僧兵は、商人の家や店に火をつけたと言われている。
奉行所(与力)の日記に残るが、正しいか間違いかは、私は責任はとらない。
東大寺の関係者などに違うと言われても、私は真実を知らないし、その頃生きていないので、反論はお許し願いたい。

平安時代の阿弥陀仏がおわす『西方寺』@奈良市油阪町 (by 奈良に住んでみました)
〒630-8247 奈良県奈良市油阪町433
南都総墓所 草鞋山西方寺




































