Nightwish
奈良県里程元標 高札場 奈良橋本町(三条通り 興福寺左)

奈良 橋本町
(三条通り 興福寺左)

奈良県里程元標

御高札復元の経緯

手力雄神社

高札場 全体像

奈良行事

條々
金銭の売買一切禁止 等



定
一(ひとつ)
奈良公園をすみかとす
鹿に申し渡す
うひゃひゃ うひょひょ
奈良の鹿は天才で、高札の文字が読めまする、、、
って、そんなわけないか、、、?!わはは
奈良の鹿と言えば、奈良奉行所の役人はつづった日記(記録)が夥しい量残っているのですが、その中に、
【早朝、掃除で家に前を掃こうとすると、鹿が死んでいた。掃除しようとしていた人は、そっと隣の家の前に、鹿を移動させた(要約)】という記述があり、読んでいて大笑いしました。
家の前で鹿が死ぬと届け出たり 手続きや費用の面で大変だったとお聞きしたことがあります。
奈良では、鹿様様様は神様ですから、家前で死なれでもしたら、大変だったようです。(笑)

定め
一(ひとつ)
神社
文字がぼけていて申し訳ございませんm--m
自分でも、読めな~い><


道行目安
方位も書かれていますね^^

定の多い事多い事
こういったものを当時の方々は丹念に読んでおられたのでしょうね。
結構 漢字が多く使われてますが、皆さん、読めたのでしょうか?
もし漢字を抜かして読めば、意味ワカメみたいな事になってしまいますよね。
不思議です^^


手力雄社の右の方向が興福寺

手力雄社から、奈良の三条通を望む。
奈良県の里程元標は、明治21年に橋本町に設置され、京都・大阪・伊勢への距離を示す歴史的な道標で、現在は復元されて三条通沿いに保存されています。
歴史的背景 里程元標は、明治6年(1873年)に明治政府が国内の街道距離を測定するために設置したもので、各府県に1基ずつ置かれました。
奈良県では、明治9年に堺県に編入された影響で一度設置が中断されましたが、明治21年7月に橋本町に再設置され、京都・大阪・伊勢への起点として機能しました。
(ニッポン旅マガジン )