J.S.Bach - ”Jesus bleibet meine Freude" - BWV147 - Harnoncourt
スタニスラフ・ブーニン リサイタル ザ・シンフォニーホール 11月30日



11月末日、スタニスラフ・ブーニンのリサイタルに行く。
舞台には、ピアノが一台、置かれていた。
会場は満席で、ご年配の観客が多い。
30代40代の若い方は、目立つほどに少なかった
会場は熱気にあふれ、ブーニンの人気がうかがえる。
私たちはブーニンをほとんど知らないので、その温度差は大きい^^
ブーニンはお身体が辛そうで、顔もこわばっておられた。


アンコールは
ショパン:マズイカ
バッハ:主よ、人の望みの喜びよ



ここの席から、見ています^^
この席、ブーニンの指も、ピアノの蓋に移る指も見えて、最高に楽しかった(^^♪


ブーニンのピアノは、音の長さが違いすぎて、耳に違和感を覚えた。
ブーニンの弾き方は、音の長さのアクセントとデフォルメが強すぎて、いわゆる耳に障るものであった。
これがブーニン、私なんだ、、、とでも言いたいのだろうか。
これは、私が、根本的に音楽というものを分かってないからかもしれない。
ただ、幕間と終演後に家族に聞いてみると、家族も同じ感想を持っていた。
もちろん、音楽はメトロノームのように演奏するのが正しいわけではなく、音の長さは曲や演奏者の感情や会場によって変えられている。
オーストリアで演奏される音楽も、音の長さは余韻があったり長かったりと、ウイーン風の音楽が展開されていて、心地が良い。
他の演奏者も、それぞれに工夫されていらっしゃるようだ。
ところがブーニンのピアノは、耳障りだった。
もちろん、こういった聴き方は、私特有の物なのかもしれないし、単に、私の感想に過ぎない。

ところが、アンコール曲の
ショパンのマズイカ が過ぎ
バッハの主よ、人の望みの喜びよ
になった途端、
きたー!
と思った。
ドンピシャ!の良い演奏である。
好きな曲ということだけあって、曲の言い回し(流れ具合)は把握できており、好き嫌いの演奏の仕方もある。
しかし、ブーニンの
バッハの主よ、人の望みの喜びよ
は、気持ちよく、のりに乗った。
会場はバッハで熱気を取り戻した。
ついさっきまで眠っていた人たちも、スイングし始めた。
ブラボー ブラボーブラボー
私は心の中で叫んだ。
会場の人々は、ざわつくほどに、活気に満ちていた。
これが、ブーニンなんだと、私は感じた。
それにしても、なぜブーニンは、最後の曲以外、音の長さに個性的な違和感のあるアクセントをつけたのか???
私はブーニンについて、まったく知識がない。
帰宅後、ブーニンについて調べてみた。
ブーニンは少し変わった演奏者で、
観客に 気持ちよく聞かせて、帰らすものか☆
といった考えを持っているらしい。
毎回かどうかはわからないが、そういった彼の考え方が今回のリサイタルには勝って、こういった構成で彼の感覚を前面に置き、弾いたのかなと感じた。
もしくは、ブーニンが、これが私の弾き方なのだという信念のもとで、ああいった弾き方をしたのかもしれない。
ただし、アンコール曲の最後のバッハで、基本的に一般液に考える素晴らしい演奏を弾き、本当のブーニンの実力を見せてくれたのかもしれない。
やれば、できるじゃん!
と、私は、バッハ以前の曲を思い返し、少し口惜しい気持ちに陥った。
ブーニンもブーニンで、バッハ以前は怖い顔で固まっていたにも関わらす、バッハを弾き、会場の空気を感じて、してやったりとにっこりした。
ブーニンは気をよくして、解除に投げキッスまでした☆
上にも書いたが、はじめからバッハのような弾き方で弾いてほしかったと思う、ジレンマのあるコンサートだったことを付け加えておきたい。


2月にも、大阪のシンフォニーホールでコンサートがあるらしい。
今度はNHK交響楽団室内音楽とともに演奏するらしい。
一人のコンサートなら、17000円
NHK交響楽団室内音楽と一緒なら、13000円
音楽の、値段のつけ方って難しいものだと、音楽を知らない私は感じた。


サントリーホールで行われたコンサートの全撮影の映画が、来春に公開されるらしい。
機械があれば時間を作って、見てみたいと感じた。