バッハ《マタイ受難曲》全曲(1/2)カール・リヒター(1958)

Kyouto 五山送り火(8月16日)と、 Nara 送り火(8月15日) 2025年
只今、映像 (live)で、京都 五山送り火を見ている。
今日の京都は、あいにくの、雨模様。
8時きっかりに、立派に大の字がともされた。
何十回と見た京都の送り火は、各家、8時前になると家の明かりは消すこととなっていたが、そいうった習慣は今でもあるのだろうか?
映像を見ていると、今でも京都タワーの明かりは20分前には消されていた。
小学生の頃は、友人に招かれて、ビルの屋上から眺めていた。
友人のビルに行かないときには、10歳上の兄が出街に連れて行ってくれたり、近場では、陸橋の上から五山の送り火を眺めていた。
只今、8時04分
妙に文字がくっきりと表れる
続けて、法
道にとどまる方々を促す声が聞こえる。
Oh! 送り火だ、、と、妙に懐かしむ。
お盆に帰宅されていたご先祖様たち。
16日の送り火の灯に導かれ、ご先祖様たちは御帰りになられる。
行は馬、帰りは牛。
ご先祖様が早く帰って来られるように、来られるときには馬に乗って。
ご先祖様がゆっくりとお帰りになられるように、帰るは馬に乗って。
子どもの頃から、父に言い伝えられてきた。
1分
画面には、しっかりとした舟が映し出された。
大、(左)大、妙・法、舟型、鳥居型
懐かしい~~~
雨の中、次々の映し出される灯
あれらの火の合間合間には、早々を絶する多くの警察官や消防士の方々や関係者の方々がいらっしゃるのだと思うと、胸が熱くなる。
京都の人々は、毎年五山の送り火を眺めながら、そういった人々にも手を合わす。

ところで、奈良にも送があ。
奈良に住んでずいぶん経つが、私は、奈良の送り火にはなじみがない。
奈良の送り日は、8月15日
京都に比べて一日早い。
ご先祖様を一日早くお返しになるのかと思いきや、そういった意味合いはないらしいと公表されている。
それが本当ならば、名前だけは【送り火】と名付けられているのが、不思議だ。
だが、他を調べると、【奈良の送り火、正式には「奈良大文字送り火(ならだいもんじおくりび)」は、単なる夏の風物詩ではなく、深い祈りと慰霊の意味を持つ行事です。】とも言われている。
細かく言うならば、戦没者慰霊のための行事として、1960年(昭和35年)、奈良市長・鍵田忠三郎の発願により始まったそうだ。
奈良県出身の戦没者29,243人を供養する目的で、毎年8月15日(終戦記念日)に開催されるとのことだ。
であるのであれば、8月15日に送り火が催されたとて、なんら、不思議なことではない。
なんとなく馴染みのない奈良の送り日。
一生のうちに一度なりとも見てみたいものだと感じた。
そういいながら、今も京都の五山送り火を映像でさえも見入っている。
